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  至上の天上の青  最終話 至上の天上の青
 
 晴天を待って、五人は天上の青へと向かった。
 シエルとコウは生き物のいない世界で、あれから大した損傷もなく横たわっていた。
 キョロウとレンヤはしばらく言葉を失ったが、持ってきた大きな布で二人を包む。
 皆でそれを手伝った後、静かに祈りをささげた。
「ねぇ、キョロウ」
 リボクが遠慮がちに言った。
「帰りの荷物は僕が持つから、コウをシュアサの所に……」
 最後の方は言葉にならない。
 だけど、ここでコウを残して山を降りてしまえば、次に来た時は姿がないかもしれない。
 キョロウはようやくリボクを見ると、心配いらないと言った。
「そのつもりでレンヤと一緒に来た。だが、お前を助ける余力はないぞ。それでもいいのか?」
 リボクは涙をぬぐうと、力強く言う。
「僕、歩けるよ、大丈夫」
 背負いやすいように、木の台に乗せようとするがどうもうまくいかない。
「固定させるのに少し時間がかかりそうなんだ。リボクはエンレイとカビラと一緒に行っておいで」
 レンヤはそう言うと微笑んだ。
 
 灰色の山は威圧的だったが、あの時のように拒絶はしていなかった。
 カビラはあれだけ恐ろしかったことが嘘のように感じた。
 雲の間をくぐり抜けると、輝く空気が髪をなでた。
 頂上に着いた。
「これが天上の青」
 カビラは自分が天上の青と同化するような錯覚を覚えた。
「あんなに下のほうで鳥が飛んでいる」
 リボクは目を丸くした。
 カビラは眩しそうに太陽を見た。
「太陽がある所に一番近い場所なのね」
「でも、足元は地底深くにつながっているんだ」
 不思議だ。世界はまだ色々なものを隠しもっているに違いない。
 風でカビラの髪がなびいた。
「カビラ、印が!」
 彼女の額の守人の印が青く光りだした。
「私?」
 まさか自分が聖地に選ばれると思っていなかったカビラは戸惑いを見せた。
 そんな彼女にエンレイは笑いかける。
「おめでとう、カビラ」
 青い光に包まれたカビラは複雑そうな表情をしたが、エンレイの言葉に最高の笑顔をかえした。
 神秘的な光に包まれたカビラは、湖底より美しく、海底より強く、地底より優しい声を聞いた。
 これが天上の青。
 不安定な声は消えてはいない。
 それでも、その奥に続く何かが形になるのにそう時間はかからないだろう。
 カビラは地上へと視線を移した。
 静かな世界はどこまでも続いている。
 青い光は少しずつおさまっていった。
 しかし、青の変化はそれだけではなかった。
 ふと、リボクが藍色の石の様子がいつもと違うのに気がついた。
 カビラとエンレイもそれぞれの青のかけらを取り出した。
 それらのかけらは今まで見たこともない強い光を発していた。
 地底の青、湖底の青、海底の青。
 少しずつ違う三つの光は重なり、大きな光の柱となった。
 光は雲を割り、天高く昇っていく。
 その先にはかつて見たことのない、深くそれでいて澄み渡った青があった。
 光の柱から発された小さな光の玉が、エンレイの手の甲へ舞い降りてきた。
 守人の印がそれを吸収すると、大きな衝撃が走った。
 青い炎がエンレイをつつむ。
 痛みに耐えながら、エンレイは青の声と対話した。
 それは二度目の継承だった。
 カビラのときとは違う、嵐のような継承だ。
 これも青なのだろう。エンレイは抗うのをやめた。
 ただ受け入れることだけを考える。
 すると、あれだけ激しかった炎が次第におさまっていく。
 足元が不安定なエンレイをカビラがささえた。
 リボクは目の前に天上の青の守人が二人いることを悟った。
「天上の青は二つあったんだ」
 生と死が繋がっているように、天上の生の青と死の青も繋がって一つに見えていたということだろうか。
 カビラの継いだ天上の青は優しく世界を包み、エンレイの継いだ天上の青は世界をささえ、愛しんでいた。
 遠くからでもはっきりと見えるに違いない。
 人はこの青を求めずにはいられないだろう。
 カビラの目的がはっきりと見えてきた。
「あの光を見てここを目指す人がきっと沢山いる。私はその人たちを迎えたい。ここに石室を作るの」
 もう迷わない。たとえどれだけ時間がかかるとしてもやり遂げたい。
 協力者になるであろう、もう一人の天上の青の守人に問う。
「エンレイ、手伝ってくれる?」
 エンレイは力強く頷いた。
「ああ、一緒にここに残ろう」
 
 二人の話を聞いたキョロウは戸惑っていた。
「確かに石なら沢山あるし、平坦な場所なら小さな小屋ぐらい建ちそうだが」
 カビラがはっきりと言う。
「きっと長い作業になるでしょうね。でも、何百個の石を積み上げるのだって、一個目から始めるのでしょう?」
 そうよね、とカビラはレンヤを見た。
「たまに手伝いに来るよ」
「お前は生意気ぐらいのほうが気持ちいいな、カビラ」
 キョロウはカビラの髪をくしゃくしゃと撫でた。
「それじゃ、途中まで一緒に降りるか。住めるようになるまでは下と行き来しやすい場所があったほうがいい」
 キョロウがシエルをレンヤがコウを背負うと、来た時の何倍もの時間をかけて山を降りていった。
 切り立ったような大きな岩の下で一行は落ち着くことにした。
 カビラとリボクは皆の荷物を降ろした。
 しばらく経って、雨が降ってきた。
 雨は川となり、長い時間をかけて遥かな湖や豊かな海へ流れていく。
 風はそれらの土地から、山々を越えてここへ戻ってくる。
 雨は命に、風は心に似ているとエンレイは思った。
 
 ――そして、風はいつしか再び天上へと帰る。
 あの、至上の天上の青へと。
 
至上の天上の青 完
 
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