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  至上の天上の青  第九話 橙の太陽
 
 キョロウの言葉にカビラがいつになく歯切れ悪く言う。
「どうしよう。湖底の青がいずれ戻ってくるのも分かったけど、今さら帰れない」
 カビラはそのまま考え込んでしまった。
 キョロウはカビラを気遣うと何事もなかったかのように、今度はエンレイに聞いた。
「俺は天上の青に戻るよ。シエルのこともあるから」
 視線はリボクに移った。
「僕、見てきたことをみんなに伝えたい。どれだけ時間がかかっても帰るよ。キョロウとレンヤはどうするつもりなの?」
 レンヤは出来るだけ軽く答える。
「ああ、俺達はシエルを迎えに行って、ガルヤの所まで送っていくよ」
 キョロウも自分たちのこれからのことについて語る。
「その後は青を伝えるために旅に出るよ」
「みんな、決まっているのね」
 カビラは深いため息をついた。
 エンレイは不思議そうに聞く。
「カビラは天上の青を継ぐのは止めるのか?」
 あれだけ、必死で求めてきたのにどうしてだろう。
 カビラは天を仰いだ。
 しかし、そこに答えは見つからなかった。
「正直、分からなくなってきたの。私はどうやって青を継ぐつもりだったのかな……?」 
 それは青すら教えてはくれない。
 川の傍に開けた場所が見えてきた。
 どうやら、この辺りに昔、村があったようだ。
 キョロウは火を熾せそうな場所を見つけると、エンレイとリボクに木の枝をとってくるように頼んだ。
 レンヤはカビラと水を汲みに行った。
 水はキラキラと輝いている。
「しばらく、この村の跡を使わせてもらおう。ゆっくり考えていけばいいさ。取りあえず、明日のことからでも」
「明日? 将来じゃなくて?」
 眉間に皺をよせているカビラにレンヤは笑いかけた。
「将来は明日の連続だろ? 何百日後の明日を考えるのは、実際の明日を考えてからでもいいんじゃないか?」
 
 朝になった。
 まだエンレイとリボクは寝ている。
 キョロウが火に木の枝を足すのを見て、カビラは手伝った。
 結局、あまり眠れなかった。
 カビラは昨日、レンヤに言われたことをキョロウに話すと、困ったように言う。
「考えることは沢山あるはずなのに、何も頭の中で形になってくれないの。 あれだけ継ぎたかった青なのに可笑しいわね」
 キョロウは火の調整をしながら答える。
「俺は可笑しいとは思わないけどな。今まで遠くを見てきたんだ。近くを見るのもいいかもしれない」
 簡単な食事を取ると、それぞれ食べ物を探しに出かけることにした。
 カビラは水辺を歩く。
 何か揺れるものを見つけて覗き込んだ。
 カビラはそこに白い花を見つけた。
 花はひっそりと咲いていた。
 花なんて、久しぶりに見た。
 波の花なら、ガルヤが逝ったときに見たけれど。
 あのときは逃げるしかなかった。
 そして、シエルが逝ったときも自分の殻に閉じこもっていた。
 カビラは目を見開いた。
「私、まだ、ちゃんと死を悼んでない」
 生と死が繋がっていても、もう、彼らに触れることは出来ない。
 ここから歩き出す前にやることがあったんだ。
 カビラは白い花をゆっくりと手折ると洞窟へと向かった。
 一度、来たことがあるからだろうか。
 今度は一人でも奥に向かうことが出来た。
 あれだけ、嫌な雰囲気のあった洞窟が静かに感じた。
 地底の湖も色こそ変わっていなかったが、全く違うものに見えた。
 カビラはシュアサに花を手向けた。
「静かに眠れてる?」
 花はくるくると水面を泳ぎ、遠くへいってしまう。
 それをカビラはぼんやりと見ていた。
「あなたは私と同じ闇を見た。でも、あなたと私の答えは違ったのよね」
 カビラはまたため息をついた。  
「答えがわかってもやり方が分からないんじゃ、見つかったとは言えないのかもね」
 カツンと音がして、振り返るとリボクがそこにいた。
「カビラ、ここにいたのか」
「うん。花を見つけたから」
 二人は遠くにいった小さな花を見た。
「ありがとう」
 リボクは嬉しそうに笑った。
「カビラに見せたいものがあるんだ」
 外に出ると夕方になっていた。
 思いのほか長い間、洞窟にいたようだ。
 リボクはカビラの手を引くと、木々の途切れた岩の上に座らせた。
「あ」
 大きな橙の太陽がそこにあった。
「太陽なんて毎日見てるのに、この太陽を見せたいって言うのはおかしいかな」
 リボクは首をかしげながら言った。  
「言葉だけじゃ伝えられない。本当のものを一緒に見たいって思ったんだ」
 太陽の光が水辺に映り、まるでもうひとつ太陽があるかのように見える。
 幻の太陽だと、カビラは思った。
 自分が見た天上の青も幻で、本当のものではないのかもしれない。
「私、天上の青に行くわ。それからどうするか決める」
 エンレイはもう守人としてやっていけるほどの力を持っている。
 きっと、彼が天上の青の守人になるだろう。
 それを自分の目で見届けよう。
 カビラの前に道が見えてきた。
 だが、その先はまだ分からない。それでもいい。
「あの時、上に登ったのはエンレイだけだし、負い目があったから私は真っ直ぐに見ることも出来なかった」
 カビラはリボクの方を見た。
「今でも負い目はあるわ。だけど、真っ直ぐに見れる気がする。リボクも一緒に来て」
 リボクはしばらく戸惑っていたが、カビラの言葉に頷いた。
 再び、天上の青への旅が始まろうとしていた。
 
 
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