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  十二月の行列
 
 年末商戦真っ只中。
 いつもはデパ地下担当の私も、今日から一週間はお歳暮担当の手伝いに入る。
 催し物会場には見慣れた白いテーブルが並んでいた。
 それを横目で見ながら、朝礼の前に倉庫へと向かい、いつもの挨拶をする。
「今年もよろしくお願いします」
 年末なのにこの挨拶もどうかと思うけど、他に妥当な言葉が見当たらないから仕方ない。贈答品担当のチーフは、前日分の控えをまとめながら、こちらを見てほっとした顔をした。
「忙しくなるのは分かっているけど、いつものメンバーがいると安心するわー」
「これがくると年末だなとしみじみしますね」
 今日は十二月の第三土曜日。広そうな会場も開店直後から人で埋め尽くされる。
 万全の体制で用意されているから、何とかこなすことが出来るのも例年どおりだ。
 忘れかけていた勘を取り戻す頃、早めの休憩がまわってきた。
 どこの売り場も午後に向けて早めの休憩をとっているようで、エレベータは満員状態。でも、これを逃したらいつ来るか分からないので、誰も文句を言わずに食堂まで我慢する。
「想像はしていたけど、やっぱり忙しいね」
 きつねうどんの食券を買って、席を探すと私は同じく臨時お歳暮要員となった都子に話しかけた。
 いつもは着ている上着もあの会場では必要ない。人の熱気が、なんちゃって熱帯雨林をつくりだしているから。
「先週は昼過ぎに七十いったんだって」
 都子が七十というのは待ち人数のこと。
 銀行のように受付番号を取ってもらうので、何人待っているのかがモニターに表示される。
「今日は百越えするだろうね」
 いつまでも減らない数字にもう見るのはやめようと思いつつ、やっぱり見てしまう。
「あれって、何だか追い込まれている気がする」
 私がそう言ってため息をつくと、都子も苦笑いをする。
「まー、ピークは今日明日でしょ。あとは来週駆け込みがあるくらいだから、頑張ろ」
「そだね。あ、先に戻ってて。ラッピング頼まれてるから」
「はいはーい。じゃあまた後でね」
 一人になった私は倉庫の片隅で海苔をぱぱっと包むと、今度は荷物に紛れながら会場へと戻った。相変わらずの熱気だけど、忙しいのは嫌いじゃない。流れにのってしまえばスムーズに事ははこぶ。
「ご注文賜りました。こちらが控えになっております。産地直送分は一週間以内に、それ以外は一両日中に発送させていただきます。ありがとうございました」
 言い慣れた台詞の後、深く頭を下げるとお客さんを見送った。
 今の注文を再確認して、それぞれの手続きをとったら気持ちを次へと切り替える。
 手をあげて合図をすると、それを見た案内係の人が次のお客さんを誘導するシステムだ。
 だけど、なかなかアナウンスに答える人がいない。あれれ、見つからないのかな。普段は見ないようにしているけれど、ちょっと時間があったので、ふっと天井を見た。
 そこには驚愕の数字が示されている。現在の受付数は……百。とうとうMAX表示だ。
 いやいや、大丈夫大丈夫。ここには私の他にも十五人いる。第四班が休憩から帰ってきたら二十人。一人あたま五人でなんとか回転していけば、いつか列は途切れていくから、慌てない慌てない。
 あ、次の番号を持ったお客さんが見つかったみたいだ。
 私は驚愕の数を頭の隅においやると、頭の中と表情を切り離してにこやかに対応する。
「いらっしゃいませ。お待たせいたしました」
 白いダウンジャケットを着た、可愛らしい女の子が遠慮がちにパイプ椅子へ座った。
 二十代かな? いやぎりぎり十代かもしれない。
 商品カードを机の上に置くけれど、伝票は持っている様子がない。
 多分、こういうところに来るのも初めてなんだな。初々しくていいなー。
「こちらの商品ですね。ではこちらに、住所をご記入頂けますか?」
 出来るだけさりげなく伝票を取り出すと、ボールペンを渡しながら記入を促がした。
 彼女はペンを持たずに、両手を膝の上で握りしめた。
「あのう、これ、持って帰ること出来ますか?」
 ありゃりゃー。それなら催し物会場より、地下で買った方が早かったのに。
 まぁ、そんなことを今さら言っても仕方がない。
「はい、ご用意出来ます。のしはどうされますか?」
「カレシの家族に会いに行くんですけど……のしがあると大げさになりませんか?」
「無地のしといって、お歳暮とは書かずにお名前だけ書くことも出来ます。こちらを選ばれる方も多いですよ」
 私がそう言うと彼女はほっと一息ついて、初めて笑顔を見せた。
「じゃあ、それでお願いします」
 名前を聞いて、会計を済ませ、レシートを渡す。一連の流れ作業は滞りなく進んでいく。
 ちらりと倉庫を見ると、発送と持ち帰りを同時に依頼されているらしく、いつになく混みあっていた。
「誠に申し訳ありません。只今大変混みあっておりますので、お時間十分程頂けますか?」
「あ、はい。他に買い物してきてもいいですか?」
「はい。エスカレータ横のお持ち帰りカウンターに、こちらの引き換え券をお出しください。本日は八時までの営業となっておりますので、どうぞごゆっくりお愉しみください」
 両手で差し出した引き換え券を、震えながら綺麗な指で受け取った彼女は、
 私の板についてしまっている営業スマイルに向かって頭を下げてくれる。
「あ、ありがとうございました」
「ありがとうございます」
 静かに頭を下げると、彼女の足が出口に向かうのが見えた。
 頑張れ。ささやかな勇気の一歩を、一人で踏み出せた君ならきっと大丈夫だ。
 頭を上げた私は、彼女の後姿にエールを送りながら、倉庫に入っていった。
「お持ち帰り一件です。無地のし、お願いします」
 時間もあることだし、印刷ではなくて手書きにしてもらおう。
 すらすらと流れる筆を見ながら、さらに倉庫へと向かう。
 私に出来るのはぴたっとラッピングすることくらいだけど、今回のはいつになく上出来だった。
 席に戻ろうとしてまた無意識に天井を見てしまう。予想通り待ち人数はいっこうに減る気配がない。
 この気持ちを誰かに届けたいという願いが奥底にある。そんな十二月の行列を見ながら、小さく気合をいれる。
 よし、次に行くぞ次。
 私はカウンターに戻ると真っ直ぐ手をあげた。
 
                                                (了)
 
 
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