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十一月の感謝 |
十一月の第一週目。十月のままになっていたカレンダーをめくった途端、姉貴は嫌そうな顔をした。 左手には仕事場から貰った今月のシフト表。何か予定が重なったのだろうか。 俺の視線に気がついたのかくるりと振り返ると、姉貴は眉間に皺を寄せたまま、質問を投げかける。 「あのさ。何で勤労感謝の日って言うんだと思う?」 何を急に。まぁ、こんなことは慣れている。俺は首だけ姉貴の方を向くと、率直な意見を口にする。 「いいじゃん、別に。ただの祝日だろ?」 その答えではどうやら納得がいかなかったみたいだ。姉貴は頭をばりばりとかきながら、眉間の皺を深くしていく。 「ただの祝日なら、感謝の日でいいじゃんか。勤労感謝の日ってのが気に入らない。私の勤労は感謝に値しないって訳?」 化粧品の販売員をしている姉貴にとって、祝日はイコール出勤日だ。 シフトによっては祝日に家にいることもあるけれど、年に数回しかないし、その大部分は正月に被っていた。 「しょうがないじゃん。サービス業なんだから」 「だからさ、平等じゃあないんだよね。祝日も働いている人はいる訳じゃん? サービス業にしても主婦にしてもさ。なのに勤労感謝という名前のもとで、一部の人だけが休日をプレゼントされてるような現状が気に入らない。それなら、全ての人が休めるようにするべきだと思う」 感謝と言うのなら、全ての人に感謝を。 もっともな意見だけど、そうもいかないのが現実だ。例えば、これが夫婦や恋人同士なら「僕がいつも感謝しているよ」などと言って、会話は終わるだろう。 ただ、ドラマでそんなシーンを見た場合、途端に「ありえねー」と鼻で笑う姉貴には、そんな手も通用しない気がする。 結局、無茶な願いを呟く姉貴に対して、相応しいフォローが見当たらないまま、俺は適当に流すことにした。 「じゃあさ、一回、勤労感謝の日に休んでみたら?」 「今からじゃあ、間に合わないよ。連休とぶち当たれば可能性はないとは言えないけど……あ」 「どうした?」 「今年の勤労感謝の日。第四金曜日だ」 赤いペンを持ったまま、目を丸くして姉貴は答えた。 「だから?」 「ここだけ変則シフトだ。私、休みになってる」 棚ぼたではあったけれど、こうして、祝日という名のプレゼントは姉貴のものとなった。 勤労感謝の日は朝からいい天気だった。 就職してから、初めて休みになったこの日をどう過ごしたのだろうか。 夕方、帰宅した俺は暗いリビングのソファに座り、膝を抱えて再放送のサスペンスを見続ける姉貴に話しかける。 「どうだった? 勤労感謝された気分は?」 「普通の休みと変わらない。しかも、明日から五日連続出勤だと思うとちょっとヘコむ」 「出かければ良かったのに。いつもの休みと違って、どの店も開いてるよ」 「出たけどさ。人が多すぎて、すぐに帰った」 そう言いながら、スナック菓子の袋をパーティ開けする。全部食べるぞという意思表示だ。これはヤケ食いだな。 隣の芝生は青く見える。手に入らないから欲しくなる。 「休みはもういらないから、名前だけ何とかしてくれればいいや」 有意義に使えなかった休日が終わる頃、姉貴は性懲りもなくそう呟いた。 (了) |
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