一月の挨拶 |
年初めに会ったら「あけましておめでとう」と言いたい。 年に一回しか言えないんだし、去年は元気だったのかと今年も元気でねというのが、いっぺんに伝わる気がするから。 とはいっても、会社ならともかく学生時代からの友人ともなると、なかなか改まって言えないのが現実だけど。 一月二日。正月の特番にも飽きた頃、賑やかな電話がかかってきた。 『和恵、起きてるー? みんな来てるから、遊びに来ない?』 短大の時の同級生、留美だ。去年の正月の第一声は確か「あけおめー」だった。それすらも省くのか、今年は。 後ろではけたたましいと言ってもいいくらいの笑い声がする。留美の声が少々大きいのはそのためだろう。 伝わらなければ意味がないので、わたしも気持ちだけ大きな声で話すことにする。 「みんなって由希も?」 『うん。年末に家に顔出して、そのままうちに来たんだって』 県外に就職した由希は、地元に戻っても実家にはほとんどいない。 甥っ子姪っ子が走り回る自分の家より、留美のアパートの方が居心地がいいらしい。 留美だって家が自営業だから、正月明けてからの里帰りだ。こうなると実家の意味がいまいち分からなくなる。 「どっちが実家だか分からないね」 『まー、賑やかなのは楽しいよ。和恵は? 仕事おさめしてから、どっか行った?』 「例年通り、おせち作り。ばあちゃんと母さんと私、女三人がかりで大晦日までかかったよ」 ずっと、年越しそばはおせち作りと並行して台所で食べるものだと思ってた。他の家は違うと知ったのはいつだったっけ? 『本家ってのも大変だねえ。家でかいし』 「古いだけ、古いだけ」 『もしかして、忙しい?』 けらけらと笑うわたしに対して、留美はちょっと心配そうな声で言った。 「ううん。わたしの出番はもうないから、行けるよ」 『留美ー、誰ー?』 留美の後ろから由希の声がした。どうやら、かなりできあがっちゃってるようだ。 『和恵』 留美が答えると、ざわざわと色んな声が聞こえてきた。 ひときわ大きいのは、やっぱり由希の声。 『あー、和恵ん家の黒豆食べたーい!』 これだけ騒いで、近所から苦情は来ないんだろうか。 『聞こえた?』 「聞こえた。他に何かいるものは?」 どうせ、買出し担当になるのは分かってる。これも毎年のことだ。 『みんなに聞いてみる』 「支度してるから、後でメールしてよ」 『分かったー。じゃあ、また後でね』 携帯をジーンズの後ろポケットに突っ込むと、わたしは台所へと向かった。 煮物を盛り付けているのは母さんだけ。 「あれ? ばあちゃんは?」 「客間よ」 また誰か来てるんだ。後でちょっと挨拶しておいたほうがいいな。どうせ名前なんて人数多すぎて覚えきれないんだけど。 わたしは腕まくりをして、洗い物を片付け始めた。 泡だらけの手はそのままで、首だけ後ろに向けると、母さんに聞いてみる。 「留美ん家で毎年恒例のプチ同窓会やってるんだ。ちょっと顔出して来てもいい?」 「ああ、行ってらっしゃい。ここは母さん一人で何とかなるから、ゆっくりしてきなさいよ」 毎年恒例というのは、話が早くてありがたい。駄目だと言われたことはないんだけど、やっぱり気分的に。 「うん、ありがと。あ、黒豆少し貰ってもいい?」 「うちのちょっと味が濃いけど」 「去年、持ってったんだよね。そしたらさっき由希が食べたいって叫んでた」 「まぁ! 嬉しい」 心から喜ぶ母さんに、「味が濃い分つまみになる」とはあえて言わない。 酒豪たちは塩だろうがスナック菓子だろうが、最終的にはあんこだってつまみにしてしまう。要するに味が濃くてお腹にあまり溜まらなければ、何でも構わない。 わざわざそんな哀しい事実を正月から付きつけなくてもいい。平和な新年のためにも。 夜中にうっすらと積もった雪は、太陽のおかげでほとんど溶けている。 わたしは初売りに向かう車を横目に反対車線を走り続けた。 いつもの角部屋に着いて、ドアホンを鳴らすと奥から「開いてるよー」と声が届いた。 料理しないから相変わらず綺麗なキッチンを横目に、奥に続く部屋のドアに手をかける。 「あけましておめでとうござ……って、何やってんの!」 盛り上がりに負けまいと、さっき言えなかった年始の挨拶を試みようとしたけれど、目の前に広がるあまりの惨事に途中でぶった切った。 酒とタバコでよどみきった部屋。ああ、思いっきり換気をしたい。正月から女六人が狭い部屋にかたまって何やってるんだろう。まー正月なんて、どこもこんなものかもしれないけど。 こっちの気持ちなんて気にせず、酒豪たちは誇らしげに答える。 「酒盛り」 「朝っぱらから?」 「違う違う、大晦日の夜からエンドレスぅ」 留美は比較的酔っていないと思っていたけれど、それは思い違いだったみたいだ。 座るスペースすら見つからず、わたしはため息をついた。 「正月気分は分かるけどさ、朝くらい止めとけばいいのに」 「朝だから呑まないとねー」 「ねー」 相手はツワモノ揃い。最初から勝てるとは思ってない。だけど言わずにいられない。 「酔いが回るのが早いから?」 どこまで酔うことに積極的なんだろう。 「ちっがーう。お酒呑むと絶対運転できないじゃん? 運転しなきゃコンビニにも行けないド田舎じゃん? ってことは、一日中パジャマでどこにも行かなくっていいってことー」 「それでわたしを呼んだんだ」 半分呆れながら、留美にコンビニの袋とレンタル屋の袋を渡した。 「それだけじゃないけど……おつまみありがとう! いやん、大好きなピリ辛イカ天が入ってる」 それもあるんだな。本当に正直者。怒る気にもならない。 由希にご所望の品が入った紙袋を渡すと、彼女はタッパーを取り出して両腕で抱きしめた。 「この黒豆には勝てないよ。もう、最強!」 「何の勝負だ……あ、タバコはそれでいいんだよね」 「これこれ。自販機も売り切れになっちゃって困ってたのぉ」 「あんたが、買い占めるからじゃーん」 「うっそー。このDVD、吹替え版だ。イメージ崩れるよ」 「しょうがないでしょ。全部借り出されてたんだから。用がすんだなら帰るよ」 そのまま帰ろうと振り返った私の足下に障害物が転がってくる。 うらうらと足下に群がるこの物体は何なんだ? 物体たちは、うるうるとした瞳でうったえかけてくる。 「明日まで休みだよねぇ。一緒に呑もうよぅ」 かくして、今年もわたしは捕獲された。 ぎゅうぎゅうに詰め込まれた部屋の中で、プラスチックのコップが回されていく。 「かんぱーい」 「何度目の乾杯よ」 上機嫌の留美に、ツッコミが入る。 「いいじゃん、いいじゃん。今年もよろしくぅ」 留美は満面の笑みを浮かべながら、わたしと乾杯しようとする。 「はい、よろしく」 酔っぱらいには逆らわないに限る。どうせ、わたしもすぐ仲間入りだ。 かちりともならないプラスチックのコップをあわせると、由希が留美をちゃかすように笑う。 「やーっと言えたね」 「何が?」 わたしには何のことだか、全く分からない。 「留美が、和恵が来るまでは『今年もよろしく』って言わせてくれないんだもん。全員そろうまでダメってさ」 「だーってさ、それって大切じゃん」 「何回言ってもいいじゃん」 「ダーメ。こういうのは一回きりがいいの」 「変なの」 こだわりも人それぞれ。だけど、そろうまで待っててくれる気持ちは嬉しい。 友情と言うと恥ずかしいし、腐れ縁と言うと、お互い様な気がする。 あ、そうだ、あれだ。類は友を呼ぶ。 わたしはひとくちしか呑んでないのに赤くなる顔を誤魔化すように、酒豪の輪に入っていった。 (了) |
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