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異界の境界の緑 第二話 木山今 (トリネコ) |
意識を失っていたソドウは、身体中が軋むような感覚で目が覚めた。 目を開けるのも億劫だ。だけど、一体ここはどこなんだ? ソドウが唯一自由のきく首を回して辺りを見渡すと、信じられない光景がそこにあった。今いる場所は森の中だった。家の中まで入り込んだ緑にかこまれてソドウは横になっている。 小さな足音がぱたぱたと聞こえて廊下から少しだけ姿が見える。モクノイだ。ソドウと目があったモクノイは声をかける間もなく、振り返って行ってしまった。 「ソドウが気づいた!」 「モクノイ。説明してくれ、って無理か」 伸ばした右手をぱたんと下ろすと、ソドウはモクノイが去っていった隣の部屋をじっと見ていた。再び彼女が部屋に現れると、後ろから白い髭の仙人のような風貌の老人が歩いてきた。 一通り自己紹介を終えたが、ソドウは彼のことを心の中で仙人と呼ぶことにした。熱でぼんやりとしているせいか、全く名前を覚えられなかったのだ。 仙人はソドウの近くまで来ると、ゆっくりと座った。 「お前さんは木材の下敷きになったんじゃよ」 「皆は? 船は?」 沈黙の後、仙人が重い口を開いた。 「船は大陸へと帰っていった。ラーフジクの人も連れて」 置いていかれたのか。さすがのソドウも呆然としてしまう。ただでさえ考え事は苦手だというのに、これから一生分の考え事をしなくてはならないようだ。 仙人は両手をついて頭を下げた。 「モクノイをかばってくれたこと、心から感謝しております」 金色の髪の少年が隣の部屋から入ってくるなり、とげとげしい口調で言った。 「もともとモクノイがあんな危険なところに行ったのは、この人を捜していたからだ。お礼なんて言わなくてもいいよ」 「ニチアイ。目上の人にそういう言い方は関心せんぞ」 彼は下を向いて小さく、ごめんなさいと言った。 「煎じ薬は出来たかい?」 仙人の言葉に頷いたニチアイが鍋の中身を見て、にやりと笑ったのは気のせいだろうか。 「はい。どうぞ」 いや、気のせいではない。 手に渡された器の中身の独特の臭いと色にソドウは思わず顔を背けた。 「トリネコは、熱を下げる」 モクノイが言葉を頭の中の引き出しから取り出すように言った。 「大切な御神木の皮を分けて頂いています。全部飲んでくださいね」 ニチアイの言葉はソドウに拒否する間を与えなかった。 「神木って、飲んでもいいのか?」 「御神木も伸びすぎた枝を落とすことは必要なのでな。その時に少し分けていただくのじゃよ」 「それでは、頂きます」 煎じ薬は得意ではない。大体、病気などしたことがないのがソドウのとりえだった。 老人と子供ではソドウの巨体は動きそうにない。自ら起き上がることも今は難しい。悩んだ結果、ソドウは顔を横にして寝たまま器用に煎じ薬を口に含んだ。 やはり、どろりとした液体が喉を伝わるのを拒否している。ソドウは目をつぶると、首だけの勢いで液体を飲みきった。もう二度と口にしたくない味だと思いながら器をニチアイに返すと、彼は目を細めて、にやりと笑った。 「一日三回だから」 その言葉に吐き出しそうになったソドウは、必死で好物の魚の干物や酒の味を思い浮かべながら、口の中から苦味が消えるまで耐えることにした。 煎じ薬のお陰で熱は早々に引いていった。 ソドウは持ち前の体力でどんどん回復していた。機敏な動作は無理だが、水汲み程度の力仕事ならこなせるようになっていた。 森の中は穏やかで、外の様子が全くわからない。他に行くあてのないソドウはもうしばらくここにいることになった。 「どうしてニチアイは俺を嫌うのだろうな」 モクノイから空の桶を受け取りながら、ソドウは呟いた。 「兄様は島の外から来た人が嫌いなの。ハクシャ以外」 ハクシャ? 名前からするとラーフジクの人間だ。 「海の向こうから来た白い人。今、祖堂をぐるっと回ってるの」 モクノイの説明は全く分からない。 ソドウは別の質問をすることにした。 「祖堂って何なんだ?」 「ほら、モクノイ。祖堂じゃないだろ? ただのよそ者なんだ」 声がした方を見ると、ニチアイが小さな鉈で中途半端に折れた枝を剪定しているところだった。 「姿や名は、役目を持つ」 彼女の引き出しは一体どれだけの言葉を納めているのだろうか。だけど、説明してもらうにはニチアイのほうが適任だった。 「ニチアイ。祖堂って何なんだ?」 彼はソドウの問いに手を止めることなく事務的に答える。 「御神木の周り一帯のこと。ここも祖堂のひとつなんだ。二つの御神木が一つの祖堂を作り上げている」 「ラーフジクにも聖地はあったよ。森ではなくて水辺だったけれど」 「水は確かに繋がっていく。だけど根の繋がりはさらに強い」 ニチアイがモクノイのように話している。ソドウがそう思っているのがニチアイにも分かったのだろう。彼は少し咳き込むと、自分の言葉で話し出した。 「爺様がハクシャにそう言っていたんだ。今は昔より弱くなったけれど、根の繋がりは決して途切れたりしないって。祖堂は再び繋がっていくはずなんだ」 ニチアイが何度も小さな枝に鉈を打ち付けて枝を落としているのを見て、ソドウは身振り手振りを加えながら言う。 「それでもいいけど、思い切って一度で落としたほうがいい」 「何で」 「木にかかる負担が少なくなるからだよ」 余計な事は言うなという目をしていたニチアイだったが、ソドウの言葉に黙り込んだ。ソドウはニチアイから鉈(なた)を受け取ると、勢い良く枝を落とした。力任せではない、木の性質を理解した力の入れ方だった。 「あんた、どうしてこんなことを知っている?」 今、ソドウがやって見せたことが口で言うほど簡単でないのはニチアイにも分かった。 「小さな家なら一人で建てたこともあるよ。漁師の家に育ったのに、昔からこういうことのほうが得意だったんだ」 肩をすくめて言うソドウにニチアイは寂しそうに目を伏せた。 「半端ものなんだな。あんたも俺も」 「じゃあ、私も仲間にいれて貰おうかしら」 木々の間から若い女性の声がした。ソドウが「若い」と再確認した理由は勿論ある。 彼女は透けるような白い肌と、白い髪をもっていた。 |
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