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異界の境界の緑 第十三話 木会 (ヒノキ) |
ハクシャは岸に打ち上げた舟の端を掴みながら、ソドウが消えた川を見続けた。それでも、黒い塊は何も映してはくれなかった。 青ざめたハクシャの隣に立ち、炎の髪をした女性は再会を喜んでいた。 「随分遠くへ行っていたのね、イナシロ。ずっと待っていたわ」 恐らく、この人がホノイロだろう。 ハクシャはそう判断すると、舟から降りてゆっくりとホノイロの前へ立った。背後では水の流れる音が続いている。 「ソドウをどうしたの?」 ハクシャの視線の鋭さにも全く動じず、ホノイロは世間話をしているように笑った。 「さっきの人? 心配しなくても大丈夫よ。ここからは誰も出さない。前は追い出してしまって、貴女も出ていってしまったから。今度は失敗しないわ」 「生きているのね?」 念を押すようなハクシャの問いに、ホノイロは人差し指を唇にあてながら答える。 「殺してしまって、イナシロが後を追いかけたら困るもの。貴女はそういう人だから方法を変えたの」 含み笑いをするホノイロに、ハクシャは震える身体を押さえながら詰め寄る。 「本当なら会わせて」 「会わせないわ。私が貴女を信じるしかなかったように、貴女は私を信じるしかない」 ホノイロのイナシロに対する疑心が、刃物のようにハクシャに突きつけられる。 「どうして、こんなことを」 崩れ落ちそうな自分を両腕で抱きしめながら、ハクシャは辛うじてホノイロを見上げた。 「イナシロが私から逃げるからよ」 ホノイロはハクシャに近寄ると、真っ直ぐ目を見据えて諭すように言った。 「私は、イナシロではないわ」 それだけは、はっきり言っておこうと、ハクシャは声を絞り出す。しかし、ホノイロは目を細めた後、ハクシャの髪の毛を掌で遊ばせた。夜風にさらりと白い髪が揺れる。 「この白い髪、間違いないわ。貴女はイナシロよ」 艶やかな笑顔は、同時にどこまでも冷ややかで、無情さを忘れさせない。 「祖堂から出たいのなら一緒に出ればいいわ。沢山の人を巻き込むなんておかしいでしょう」 ここまで来たら、引き下がるわけにいかないと、ハクシャは言葉に力を込めた。その言葉を聞いたホノイロの表情が急に険しく変貌した。 「忘れてしまったの? 私は何世代も祖堂で生きてきた一族の末裔。外の世界で長く生きることが出来ないのよ。出るということは死ぬことと同じ」 ホノイロはハクシャの白い髪を強く握りしめると、強く自分の側へ引いた。ハクシャは短く悲鳴を上げた。それでも、ホノイロの力は弱まらない。痛みに耐えかねたハクシャは湿った地面に跪いた。頭上から怒りを帯びたホノイロの声が浴びせられる。 「外から貴女が来た時、暗い水の底に白い光が差し込むのを見たわ。だけど、その光は金の光に引き寄せられて、手の届かないところへ去ってしまった。再び闇の中に残された私がどんなに惨めだったか分かる?」 白い光というのがイナシロのことなら、金の光とは大陸の人間、『始まりと終わりの祖堂』にいたニチアイとモクノイの父親のことだろう。ハクシャはそう推測するので精一杯だった。逃げようとしても、ハクシャの髪はホノイロの指に絡みとられていて、小さく千切れる音がするだけだった。 「私は貴女が一人では出て行くことが出来ないことを知っているわ。どうしても、あの木の香りのする人に会いたいのなら、私以上に光を求めることね。もっとも、暗い水の底を知らない貴女には無理でしょうけど」 それだけ言うとようやく気がすんだのか、ホノイロは指をハクシャの髪から外した。ホノイロの指の間から、行き場をなくした数本の髪の毛がはらはらと風になびきながら飛んでいった。 自由を取り戻したハクシャはその場に崩れ落ちた。木々の合間に消えていくホノイロの姿を混乱する思考の中、見つめることしか出来ない。再び静寂を取り戻し、水の音だけが辺りを包み込む。 「暗い水の底」 ハクシャはホノイロの言葉を繰り返した後、ゆらりと立ち上がり、川の流れに右手を晒した。何もかも飲み込んでしまうように見えた川の中に水草が踊っているのが微かに見えた。 そうだ。こんな生き生きとした呼吸があるところに絶望はない。あれはもっと深いところにある。 自分の心の底に流れる暗い川と向き合うため、ハクシャは静かに目を閉じた。 暗い水の底。蠢く闇。ずっと、そこから抜け出したかった。 村の近くにある聖地と呼ばれた湖が黒く澱み、作物の収穫は年々減り続けていた。村人は澱んだ沼地に背を向けて、新たな新天地へ向かおうとしていた。遠い海に大陸からの船が来ていると聞いたのは何度目のことだろう。村中が荷造りに追われていた。 「ハクシャ、大陸に行くって本当なのか?」 物置で乾燥した薬草を麻の小袋に入れていると、同じ村に住むウンリュウが私の後ろから話しかけてきた。 「ええ。長い船旅で体調を崩す人が多いらしいの。一緒に来て欲しいと言われたわ」 大陸の薬は島の人間には強すぎる。薬草の調合が出来る人間が欲しいと何度も頼まれて、ようやく今回の大陸行きを決めた。 「それなら俺も行く」 その言葉に私は驚いて、声がした方を振り向いた。外の光が逆光になって、彼の表情は分からない。私はいつもの口調で彼を諭すことにした。 「貴方は駄目よ、ウンリュウ。すぐに咳が出るのだから」 「一体、いつまで俺を子供扱いするつもりだ」 近寄って来たウンリュウは少し機嫌が悪そうだった。年は三つ下。彼が生まれたときから家族同然で付き合ってきたから、兄弟みたいなものだと思っている。 「だって、昔から父様について貴方の手当てをしてきたもの。日に焼けると熱が出ることも、走ると息が苦しくなることも知っているわ」 だから、彼に過酷な船旅は勧めたくなかった。 「そうかもしれないけど、俺だって新しい場所に賭けてみたいんだ。大陸でお金が手に入ったら、その栗色の髪を梳くための櫛を買ってあげる」 「それって、まさか」 私は目を丸くした。村では求婚の証に櫛を贈ることになっている。だから、村の女性はみんな腰までの長い髪を持っていた。困った。何て答えればいいのだろう。手足ばかり伸びてしまったと思っていたけれど、そんなことを言い出す年になっていたなんて、正直驚いてしまった。 ウンリュウは少し照れたように笑った後、振り返って冷たい風の吹いている外を見た。 「それに、ここにはもう誰もいない」 荒れ果てた村にはこの前まで人が住んでいた家が、ただの丸太になって横たわっていた。もう、選択肢はふたつしかない。ここを出るか、残って一緒に朽ち果てるか。 そして冷たい風が吹く頃、最後の集団が旅立ち、村から賑やかな声が消えた。 それは長い旅になった。重い荷物を担いだまま、徒歩での移動が続く。これ以上進めないと立ち止まる人もいたけれど、急ぐ旅なので置いていくしかなかった。海に着いたころにはウンリュウの体力は限界に近づいていた。大陸の大きな船に乗り込んだ途端、彼は崩れるように座り込んだ。 私はウンリュウの隣に座り、初めての波の揺れを感じながら、遠ざかっていく島を見つめた。 「ラーフジクが遠くなるわね」 「隣の島がセイトーロか。あんなに近いなんて知らなかったな」 まだまだ知らない世界は沢山ありそうだった。夜の海は黒く、辛うじて波の形が見えている程度だったけれど、朝が来れば、輝く光が見えるはずだ。そんな小さな期待の中、顔なじみと話していると、金色の髪をした大陸の人が険しい顔をして間を割った。 「邪魔だ。中に入れ!」 村に来た時はこんな人ではなかった。急変した態度に何が起きたのか分からないまま、私たちは湿った船倉に押し込められた。それから何日も、水と乾ききった食料の他は何も与えられず、ひたすら光が差すのを待つことになった。 朝と夜の区別もつかない。閉ざされた船倉は病気でない人も病気にする。けれど、手当てに必要な水は男性にしか与えられなかった。体力のない小さな子供は次々に息を引きとり、船倉から出され、それから帰っては来なかった。 絶望だけが、暗闇に横たわる。ところどころで起きていた他の村の人との衝突も、次第にお互いそんな元気もなくなってしまっていた。 揺れはとうの昔に収まっていた。けれど、頭上の足音はひっきりなしに移動するばかりで、船倉に光は訪れなかった。 「早く出してくれ! もう、とっくに着いているだろう?」 暗闇に木の扉を叩く音とピリピリとした声が響く。固まっていた顔見知り同士が、ますます肩を寄せる。 突然、大きな音がしたかと思うと、船倉の扉が開いた。金色の髪をした目つきの悪い大男が、知らない言葉で私達を威嚇した後、顎を突き出して外に出ろという仕草をした。 大陸の港は想像と全く違っていた。明るい人々の声はそこにはなく、暗い石畳だけが続いている。話が違うということにようやく気づいた頃には、岩山に連れて行かれ、岩の塊を背負わされた。 炎天下の中、重労働は続く。私達は正式な訪問者ではなかったのだ。違法入国者。生きて見つかるよりは死ぬまで働かせた方が得になる。そういった類のものだった。 何のために私達は長い旅をしてここまで来たのだろう。 毎日、誰かがいなくなっていた。倒れたのか脱走したのかは知る術もなかった。 「日の出前に決行だ」 見知らぬ人に短い言葉で告げられた決心は、残念ながら助け合うためのものではなかった。大人数が別々の方向に分かれて逃げることで、追っ手が分散される。 白い太陽が出る直前、私達は隠れていた岩場から一斉に飛び出した。見張りが慌てて小屋へ走っていく。今のうちに出来るだけ距離を稼がなくてはいけない。 私の手は、ウンリュウの手がしっかりと握っていた。大陸に来てからますます細くなってしまった腕。力の限り守ろうとしてくれているのが分かり、私も彼の手を握りしめた。 集団からはとっくにはぐれていた。私達は岩陰や洞窟に隠れながら、港を目指すことにした。 「ごめんね、ウンリュウ。私は貴方を巻き込んでしまった。私が大陸に行くなんて言わなかったら貴方はラーフジクで幸せに暮らしていたのに」 「ハクシャ。俺は、ハクシャがいないのを幸せとは思わないよ。大丈夫、一緒に帰ればいいだけの話じゃないか」 それからは、ただひたすら、島に帰ることだけを願って歩き続けた。けれど、こっちの動きは読まれていたようだ。港へは既に先回りした男達がいて、海岸に出た途端私達は見つけられてしまった。後ろから近寄った男が、私の髪を鷲掴みにし、頬にぴたりと冷たい刃物を当てた。 私達のような身なりをした人が、船や建物の影からこちらを見ている。ああ、私は見せしめに使われるのか。恐怖で声が出ない。哀しくもないのに、涙が溢れてくる。 刃物が首筋に下ろされる瞬間、目の前に誰かが飛び出してきた。慌てた男は闇雲に刃物を振り回す。何度も布と肉が裂ける音がした。それでも私の腕には小さな傷がついただけで、他は全てウンリュウがその身で受け止めてくれていた。 「ウンリュウ!」 崩れ落ちたウンリュウの身体を、私は全身で受け止めた。硬い石畳が脚に衝撃をもたらしたけれど、それ以上に目の前のことのほうが痛かった。ウンリュウには無数の切り傷があった。浅いものから、致命傷になるものまで。あまりの出来事に、流れる血のぬるりとした感触さえ、現実感をもたらさない。 男は凍りついた人達を集めだした。見せしめは一人で十分だと言うように。 「待ちなさい! 私も斬りなさいよ!」 男の後姿に私は叫んだ。身体には力が全く入らないのに、声だけは力強さを持っていた。言葉が通じないのか、興味がないのか、男は私とウンリュウから離れていく。もう一度、男を呼び止めようとした私の袖が強く引っ張られた。ウンリュウが苦しそうな息をしながら、精一杯笑っていた。 「駄目だよ。ハクシャ」 「ウンリュウ……!」 「ああ、真っ暗だ。ハクシャの顔が見えないよ」 彼は話が出来ることすら、不思議なほどの怪我をしているにも関わらず、静かに語り続けた。 「ねぇ、ハクシャ。俺はハクシャの光にはなれなかったけど、絶対に、光となる人に会える時が来るよ。だから、諦めないでラーフジクに帰ってほしい」 「そんなこと言わないで。一緒に帰ろう」 小さな傷だったら、手当もできた。だけど、これでは何も出来ない。私はただただ、ウンリュウを抱きしめ続けた。 荒い息を整えた男が、私の髪を掴み無理やり立たせた。ウンリュウの身体が丸太のように投げ出される。引っ張るように連れて行かれながら、私は声を上げた。もう、何を言っているのか自分でも分からない。とにかく叫び続けた。人ごみの向こうにウンリュウの姿が見える。だけど、彼はそのまま、動かなくなっていった。 港には大陸の人が溢れていた。だけど、この騒動について遠巻きに見て、勝手なことを言っているだけだ。視線とざわめきは異質なものを排除しようとしているようにしか感じなかった。 人はなんてあっけなく死んでしまうものなのだろう。今起きている出来事が嘘だというなら、目の前の悪人だって私は信じる。そんな弱い生き物が生きていく証はどこに見つけたらいいのだろうか。 あまりにも人の目が集まってきたので、古い船が影を作っている地面に私は投げ出された。男達は乾いた血特有の臭いのする私に触ることを嫌がり、縄をかけるのを躊躇った。もとより、逃げる気などもう持っていないだろうと思われているようだった。 他の人達を捕まえに行く間、見張りもなく一人にされた私は、荷運びの男と船の乗組員の声を聞いた。内容は良く分からなかったけれど、ただ一言、セイトーロという単語だけははっきり耳に届いた。 セイトーロ! あの時、ウンリュウと一緒に見た、ラーフジクの隣の島! 「一目でいい。ラーフジクが見たい」 乗組員が話している隙に、重い身体を無理やり動かして古い船へと乗り込む。船倉に並べられた樽の間に滑り込んだ。どうか、見つかりませんように。何度も繰り返す足音に怯えながら、暗い船倉でただひたすら時が来るのを待っていた。 がたんと音がして、波の揺らめきが身体に伝わってきた。船は海に出ることが出来たようだ。それでも、途中で見つかってはセイトーロに行くことが出来ない。ラーフジクを見ることが出来ない。 私は暗くカビ臭い木の臭いが立ち込めている船倉で、ひたすら耐えた。水も食料もない中、誰が入ってくるか分からない場所で寝るわけにもいかない。最初は気も張っていたけれど、次第に意識は深く沈んでいった。 大きな音と共に、天と地がひっくり返るような衝撃が走り、突然意識が戻った。大きな足音が慌しく行き来していく。何が起きているのか全く分からなかった。樽や木箱に押しつぶされないよう、壁にある小さな隙間へ身体を納める。瓶の割れる音。穀物の袋が落ちる音。様々な音が襲い掛かってきて、ようやく理解した。この船は嵐に巻き込まれている。 揺れは長い間続いた。朦朧とした意識の中、とにかくこの揺れが収まって欲しいと願っていた。いつも、願ってばかりだ。いつになったら光は目の前に現れるのだろうか。 軋むような音があちらこちらから聞こえた。ふと、手が水に浸かっていることに気づく。床から水が入り込んでいた。船が何度となく硬いものにぶつかった。恐らく岩にぶつかっているんだ。木が裂かれる音がする。 私はここで死ぬんだろうか。 信じた聖地に見捨てられ、愛する人に先立たれ、今、暗い海に飲み込まれようとしている。 「神様。私達は愛されるに値しませんか?」 その答えを聞くことも出来ないまま、黒い水は船をただの木片に変えた。私は一枚の板に必死でしがみついた。体力はもう限界にまできているはずだった。それでも、気を失わずに済んだのは身体に刺さる木片がもたらす痛みのおかげだった。月明かりに照らされて、白い糸が海面に浮かんでいる。それが自分の髪の毛と知っても、絶望を嘆く言葉すら出てこなかった。 『絶対に、光となる人に会えるときが来るよ』 来るだろうか? もう、動くことすら出来ないのに。 焼けるような砂の匂いに気づいた時、目の前に金色の髪の子供がいた。上陸できても意味がなかった。大陸に戻ってきてしまったなんて! どうすればいいのか分からないけれど、重い身体は動いてくれない。 「母様?」 「違うよ、モクノイ」 それは大陸の言葉ではなかった。彼らに連れられて白髭の老人が現れる頃、ようやく私は起き上がることが出来ていた。 白髭の老人、翁はここはセイトーロだと言った。 「それじゃあ、あれがラーフジク」 想い焦がれたその島は、目の前にありながらとても遠くに感じた。こんな変わり果てた姿で帰ることなんて出来ない。体力の戻った私は翁の願いを聞き、祖堂を繋ぐ旅に出ることになった。 それは、終わりの見えない旅だった。『有と無の祖堂』で私は私と同じ哀しみを抱えるアリツキに出会った。 「祖堂を繋いだって、何も変わらないよ。転がった石は落ちていくだけだから」 私が途切れてしまった『静と動の祖堂』に行くことを知ったアリツキは、暗い森の底へ続く崖に私を誘う。もう、ここで終わりだと思った。最後まで繋げなくて申し訳なかったけれど、私の力はここまでが限界だ。後はこの崖から飛び降りるだけ。 その時、突風が覆いかぶさる枝に分け入った。アリツキと同じ顔をした人、ナシヅキは私に背を向けたまま言う。 「二度とここには来るな」 ナシヅキに助けられた私は、先のことなど全く考えられないまま、『有と無の祖堂』から出た。途中で雨が降ってきた。冷たい雨が降る空は黒に近い灰色をしている。木の根に足をとられて、転んだ先には水たまりがあった。波紋が収まると、ぼろぼろの衣服に包まれた腕越しに自分の顔が見える。疲れ果て、生気のない目は自分が生きている世界そのものを拒絶していた。セイトーロでも光は見つからなかった。やっぱりラーフジクでなくては駄目なのか。だけど、こんな姿とこんな目つきをしているようでは、帰るなんて出来ない。 もう一度、祖堂を廻ろう。私に残された道はそれしかない。 何か重苦しいものに後押しされながら、今まで歩いた道を戻った。『始まりと終わりの祖堂』に戻ると、少し背の伸びたニチアイが、誰かと話をしているのが見えた。新たな旅人はラーフジクから来たと言った。そして、私の話を聞くなり、頭を下げた。 「すまなかった! いや、謝って済む問題じゃないのは分かっているがっ、とにかく!」 彼の後ろに強く優しい光を見たような気がした。森に光が差していく。 この人は知っているのだろうか。私が誰かに謝って欲しかったことを。お前は何も悪くないんだと、気休めを言って欲しかったことを。私はその人と、旅をすることを決めた。 何度も同じ様なところで立ち止まりそうになる私に彼は微笑む。 「同じ人間なのだから、それは当たり前だろう? だけど今回乗り越えられたなら、次もきっと乗り越えられるよ」 あの人に会いたい。立ち止まっても前へ進む、大木の生命力と蔓の柔軟さを持ち合わせた人。ぶっきらぼうで独自の理念を持った、緑の人。 「ソドウに会いたい」 光が差し込むのを待っていた。そして、今、光は手を伸ばせば届くところにある。私は会いたい人に会いに行ける。この旅で、何度立ち止まっても歩く強さを覚えたから。 私は強く閉じていた目をゆっくりと開いた。 私の目の前には一本のヒノキが立っていた。その枝に見覚えのある白い布が括りつけてある。私は、ゆっくりとその布を木から外した。 木は暗闇に光を放ち、その光は見覚えのある人へと変わっていった。 |
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