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  異界の境界の緑  第十八話 木冊 (シガラミ)
 
 風と波の音が通る道を進むと、海沿いの村が見えてきた。小さな家は潮風に耐えながら寄り添そっていて、人の声より波の音が大きく聞こえる。冷たい風は灰色の波を高くし、寂れた村は以前のような力を失っていた。
「何年も経ったというのは本当なんだな」
 ぽつりとソドウが呟いた。この島に上陸した頃は、村にも活気があるように思えた。だが、今はひっそりとしていて、人影もまばらだ。
 海に舟はなく、ただ寂れていくだけの村。村人に声をかけようとしても避けられてしまう。
「困ったわね」
 そこに存在しないかのように扱われ、ハクシャは小さくため息をついた。異質なものに対する完全な拒否反応。静かなだけに、距離を縮めるためのきっかけが掴めない。
「とにかく、話が出来そうなところに行ってみよう。村長の家は何となく覚えているから」
 翁もハクシャも疲れてきている。そう判断したソドウは自分自身も力づけるように明るく言うと、記憶を辿りながら村長の家へ向かった。
 その家はすぐに見つかった。ソドウはゆっくりと扉を叩く。
「村長」
 村長はいないのだろうか。呼びかけながら、ソドウは不安になった。ふと視線を空にうつすと、家から細い煙が空へと上っていく。誰かいるのは間違いない。
「村長。ラーフジクのソドウです」
 彼は何度目かの呼びかけに島の名前を出してみた。背後から聞こえる波の音に小さなざわめきが重なる。
 このセイトーロとラーフジクの間に何があったというのだろうか。ソドウとハクシャが顔を見合わせた時、以前より少し曲がった木の扉が開き、一人の女性が現れた。ソドウがもう一度自分の名を名乗ると、奥から村長の姿が見えた。
「ラーフジクの青年。覚えているよ」
 村長は家に招き入れることはせず、女性と入れ替わって扉の前に立った。そして、重々しい表情をして口を開く。
「もうラーフジクに帰ったものだと思っていたよ。他の人間は慌しく引き払っていったからな」
「彼女と一緒に祖堂を旅していたんだ」
 ソドウが後ろを振り返った。ハクシャはその場で軽く会釈をする。
「ハクシャです。私もラーフジクから来ました」
「そうか。見てもらったら分かるように、この村にはよそ者を受け入れる余裕がない。それどころか、二度と大陸の人間やラーフジクの人間とは関わりたくないと考えているものの方が多い。早々に立ち去ってくれ。その方がお互いのためだ」
 村長の畳みかけるような拒絶に、ハクシャは声の震えを抑えながら問いかける。
「何があったのですか?」
 沈黙の後、低い声が聞こえる。
「それは我々が聞きたいくらいだ。橋の工事が始まる日に、ラーフジクからどす黒い煙が上がった。その後、工事は延期になり中止になった。大陸の人間はここまで連れて来たラーフジクの人間を伴って大陸に帰っていった」
 村長の表情は影になっているため、全く見えない。しかし、例え明るい陽の光の下だとしても、その表情は暗いだろうと、ソドウは察した。
「この村には錆びた機械と劣悪な木材だけが残された。海底にも火薬が仕掛けられていたようで、魚も取れなくなったよ」
「あの後、ラーフジクからは何も言ってこないのか?」
 ラーフジクの状況が全く分からない。それはあの時だけではなく、何年も経った今でも同じなのだろうか。これだけ近い島なのに、誰も行き来することがないとはソドウには思えなかった。
「セイトーロの周りには切り立った岩がある。こちらからの誘導がなければ、小さな舟では辿り着くことは出来ない」
「来ようとした舟はあったんだな」
「けれど、辿りつくことは出来なかった。それが事実だ。交流のなかった昔に戻ったと思えばいい。それぞれがそれぞれの生活をすることに何の不都合がある?」
「もう、橋は必要ないということか?」
 それは口にはしたくない言葉だった。ソドウは村長が否定してくれることを願ったが、彼は間を置かず短く答える。
「そうだ」
 冷たい風が村長とソドウの間を吹きぬけていく。村に下りてくるまでは考えもしなかった答えに、ソドウはさらに問いかける。
「繋がっていたものをそんなに簡単に断ち切れるのか?」
「最初に断ち切ったのはラーフジクだ。大体、離れていた者に何が分かる。その場に居た者には深い傷と隔たりが残ったというのに」
「それは……」
 ソドウとハクシャは絶句するしかなかった。確かに、あの忌まわしい事柄に長く携わってきた者たちと、一時でも離れていた自分たちとは捉え方が違うのかもしれない。
「もう話すことはない。何処へなりと行くがいい」
 有無を言わせない村長の態度に、ソドウは自分の考えが甘すぎたことを痛感した。ただ立ち尽くすソドウの横を翁がすり抜け、険しい表情の村長の前に立った。
「何者だ?」
 今まで後ろにいた者が、突然目の前に現れたので、村長は眉間に皺を寄せる。
「名乗るべき名前は祖堂に置いてきた。名乗れない非礼は許しておくれ」
「祖堂の人間が外に何の用がある?」
 ラーフジクの人間であろうが、セイトーロの人間であろうが、よそ者には違いない。村長の態度は全く変わらなかった。
「ただ、戻ってきただけじゃよ。ここは始まりと終わりの祖堂に一番近い村じゃからな。道が繋がっていた頃は多くの旅人が立ち寄っておったはずじゃ」
「そんな古い話は知らないな」
「お前さんが知らなくとも、言い伝えとして残ってはいないか?」
「言い伝え?」
 翁の問いかけに、村長は右の眉を上げた。
「旅人が次の旅に出るまでの間、休む場所を提供する。祖堂が繋がっていた頃には、宿り木と言って頻繁に行われておったのじゃが」
「宿り木」
「心あたりがありそうじゃの」
 翁は一見穏やかそうに見えたが、何かを切り崩す機会をうかがっていた。
「ああ、村長を継いだときに長老に聞いたことがある。森の民を家に迎え入れると、森の神様が清らかな水を海へ注ぎ入れてくれるという言い伝えだ。だが、長老ですら、実際に行ったことはないと言っていた」
「どこでも構わぬ。身体と心を休ませる場所をあたってはくれぬか?」
「難しいな。よそ者を入れる余裕はない」
「じゃが、道は繋がってしまった。次々と旅人は戻ってくる。変化を恐れては、更なる変化に飲み込まれるだけじゃ。なあ、村長」
 ハクシャは翁と村長をじっと見ていた。村長は考え込んでいる。拒絶することで守ろうとしたものが後に大きな波に飲み込まれては意味がない。彼の気持ちは手に取るように分かるが、翁の意図は全く分からなかった。
 村長は翁の向こうにある更なる変化に対峙するように、遠くを見つめながら言う。
「それでも、一存では決められない。話し合う時間がほしい。それまでは舟見の小屋で待っていてくれ」
「舟見の小屋とは?」
 翁の問いかけに村長は真っ直ぐ腕を伸ばした。人差し指が指す先には今にも倒れそうな小屋が風に吹かれながら立っていた。
「岬にあるあの小屋のことだ。しばらく手入れをしていないから、随分傷んでいるとは思うが、雨風は防げる。話がまとまったら、結果を伝えに行こう」
 話はこれまでだと、村長は扉を閉じた。この扉は二度と開きそうにない。ハクシャは小さな声で、翁に話しかける。
「翁。少し強引過ぎたのではありませんか?」
「どんな方法を使ったとしても、今は留まったほうが良いと思ってな。それに、わしには還ってくる旅人への責任もあるしの。多少の強引さは仕方がないことじゃ。さて、小屋に向かおうとするかの」
 岬に向かう翁をハクシャは追おうとした。しかし、ソドウは別の方向へ駆け出す。
「ソドウ!」
 ハクシャの呼びかけにもソドウは振り向かない。彼は海辺へと駆けていった。そこは以前、橋が架かる予定になっていた場所だった。
 錆び付いた機械は周囲と同化することも出来ず、骸のように転がっていた。初めから己の手に負えない技術に頼ったのが間違いだったのだろうか。
 切り立った岩が天を刺すように何本も立っている。その向こうにぼんやりと見えるのが、ラーフジクだった。
 ソドウの全身から力が抜けていく。両腕をだらりと下ろすと、崩れ落ちるように膝をついた。肩にかけていた袋が砂の上に落ち、重なり合った工具が重い音をたてた。
 鈍い色をした海にハクシャは立ち尽くしていた。ソドウの傍に駆け寄りたいという気持ちはあったが、まだ、海に対する恐怖心の方が勝っていた。全身の震えを抑えるように、両腕を交差させても、全く効果はない。
 その時、高い音が上から聞こえて、ハクシャは空を見上げた。白い小鳥が灰色の空にぽかりと穴を空けるように飛んでいた。小鳥はソドウの周りを飛んでいたが、ソドウは錆び付いた夢を見ているだけで、小鳥には気づかない。
 ハクシャは掌で水をすくうような形をつくると、小鳥が下りてきた。
「どうしたの?」
 小鳥はハクシャの言葉に答えるかのように、くわえていた細い枝を彼女に託した。まるで、励まされているかのように感じて、ハクシャは小さく微笑んだ。
「ありがとう」
 そう言うと彼女は岩場に咲く花を手折り、小鳥へ渡した。強い花は潮風にも負けず、可憐な色をしていた。しかし、その根はしっかりと岩場に食い込んでいる。
 こんな風に生きていくことが出来たらいいのに。それでも人は悩み苦しむ。
「ソドウ」
 ハクシャは遠慮がちに声をかけた。ソドウの顔色はすぐれない。
「ここに来れば、橋は架けられると思っていた。時間はかかるかもしれないけれど、同じ目的を持った人間がいるから、すぐに動けると思っていたんだ。とにかく、動けば何かが見えてくるはずだったんだ」
 一気に吐き出すようにソドウは言った。自分の無力さを思い知って、押しつぶされそうになる。
「とにかく行きましょう。今、ここで考えていても良い考えは出てきそうにないわ」
 村を後にするのは足が重く感じた。前に進むためではない一歩。途中で翁と合流し、誰も声を発さないまま、三人は小屋へ辿り着いた。
 扉が開かないように押さえつけてあった木材を外すと、小屋の中から澱んだ空気が漏れ出す。
「長い間、誰も入らなかっただけはあるな」
「でも、結構広いのね」
 雨風を防ぐことが出来るだけでも、今は有難い。不安と焦燥に飲み込まれそうになりながら、彼らは暗い小屋にうずくまった。
 
 
 数日後、村長が舟見の小屋へ現れた。
 たった一人、それも自らが出向くということは、それほど悪くない話だろうか。
 ソドウの期待とは裏腹に、村長の態度は変わらなかった。彼は硬い表情のまま短く言った。
「旅人はここでとどめ、村には立ち入らない。それを約束してくれるのなら、この小屋を提供しよう」
 話がすり替わっている。ソドウは焦りを隠せなくなった。
「お互いが協力すれば、以前の活気を取り戻せるのに、どうしてそれをしようとしないんだ。俺が村に行って直接話をする。どれだけ、橋が必要なのか。自由に行き来できれば、誤解も解けるだろう」
 ソドウの言葉に村長は首を横に振る。
「これ以上、村をかき回さないでくれ。これが最大の譲歩だ。それが受け入れられないのなら立ち去れ」
 強い口調に、ハクシャは息をのんだ。ソドウの気持ちは痛いほど分かる。そして、村を守ろうとする村長の立場も。けれど、判断は出来ない。
 黙りこむ二人の間に翁が割って入った。
「受け入れよう」
「では、そのように」
 翁の言葉にひとまずの解決を見出し、村長は村へと帰っていった。
「翁」
 哀しみと困惑が入り混じった表情をうかべるソドウに、諭すように翁は語りかける。
「焦るな、ソドウ。根を下ろさねば、木々は育たぬ。人と人の間も同じこと」
「根を下ろせば、少しは変わるだろうか?」
「それは分からぬ。じゃが、心の柵は簡単に外れることはない。それなりの時間が必要じゃろう」
 それなりの時間。何て曖昧な言葉だろう。けれど、とてつもなく大きな障害物に立ち向かうにはそれくらいの気持ちでいたほうがいいのだろうか。それでも、ソドウはじっとしていることが出来なかった。
「小屋を手入れしよう」
 誰に言うでもなく、ソドウは呟くと工具を手にとり、小屋の外へ出ていった。
 しばらく経っても何も聞こえない。不思議に思ったハクシャは、小屋の片づけを切り上げ、外に出た。
 冷たい風の中、ラーフジクの方向を見て立ち尽くしているソドウがいた。
 ソドウはハクシャが近づいたことに気づくと、疲れ果てた表情に歪んだ笑みを滲ませた。
「使えそうなものは何もない」
 乾いた土。雑草も生えていない土地。豊かな森が果てしなく遠く感じる。
 もういいと言えたらどんなに楽だろうか。橋などいいから一人で帰ってほしい。ハクシャはその言葉を何度も口に出そうとしては飲み込んだ。それは、確かに自分が楽になる言葉だろう。でも、ソドウにとってはそうではない。
「何もないわけではないわ。私たちはあの祖堂から出てこられたのだから。きっと何かある」
 自分の言葉は彼に新たな痛みを押し付けてしまうかもしれない。そんな不安と戦いながらハクシャが微笑んだ時、白い影が目の前を横切った。
「鳥?」
 ソドウが白い小鳥を目で追った。何も珍しいことではない。だが、何かを訴えかけるような鳥の姿に、彼の目は奪われた。
 ハクシャは鳥に励まされているように思えてきた。
「ありがとう。あなたは前に来たのと同じ子かしら?」
 小鳥はそうだというようにハクシャの周りをくるくると飛び、そして一気に空へと上がっていった。ハクシャが空を仰ぐとそこには渡り鳥の群れがいた。鳥たちは二人の姿を確認すると次々とくちばしに挟んでいた小枝を落としていく。
 小枝はぱらぱらと地面に落ちていき、それを見届けて、鳥たちは去っていった。
 ソドウは地面に落ちた小枝を一本拾い上げると、空にかかげた。その枝には見覚えがあった。
「……これはエンジュだ。ツカイリがよこしてくれたんだな」
 あの時、自分は闇に光を入れるため、生きている木を切った。そして、必ずそれを活かすと言った。それを彼女は忘れていなかったのだ。むしろ、約束を忘れていたのは自分だったかもしれない。
 ソドウは遥か遠くから届いた気持ちを拾い集めるように、枝を集めていった。
 鳥の羽音に気づいた翁が小屋から顔を覗かせた。彼は帰っていく鳥を見ながら目を細くした。
「祖堂は完全に繋がったようじゃな。じきにニチアイとモクノイからも木が届くじゃろう」
 道は険しく遠い。それでも、何も始められないわけではない。ソドウは有難さをかみしめながら、エンジュの枝を両腕に抱えた。
「今はこれを使わせてもらおう。よく乾いているから、すぐにでも火がおこせそうだ」
 細い小枝では残るものは作れそうにない。けれど、身体を温めることが出来れば、気力も戻ってくるだろう。
 ソドウは小枝を積み上げ、火をおこした。小さな火種は次第に大きくなり、ゆらりと揺れる炎が目の前に留まった。
 今は留まろう。柵を外すために。そして、いつか故郷に帰るために。
 
 
 それからしばらくして、長い雨が続いた。風も強かったが、雨漏りがするたびに修繕が行われたので、小屋は己の役目を思い出したかのように、堂々とあり続けた。
「翁。ニチアイとモクノイはどうやってここまで木を運ぶつもりなんだ? 誰かに運んでもらうのか?」
 ソドウはずっと気になっていたことを翁に問いかけた。
「誰かに運んでもらうというのは近いかの」
「どういうことだ?」
「山と海を繋ぐものと言えば?」
 ソドウの矢継ぎ早の質問に、翁は質問で返した。
 その答えに行き着いたのはハクシャだった。
「川ね。川に流すつもりなんだわ」
「この雨で流れが出来るじゃろう。下ってくるのは数日後じゃ」
「どうやって止めたらいいんだろう」
「縄ならここにある。わしとハクシャで編んでおいた。ソドウは土が乾きだしてから、杭を打ってくれればいい」
 小さな一歩はこうして踏み出された。
 数日後、地面が乾きだした頃、ソドウは杭を打ちに川へ向かった。水の流れはいつもより早い。それでも、まだ何かが流れてきそうな雰囲気はしなかった。
 川の流れが少しおさまってきた頃、何かがぶつかる音がして、三人は川へと向かった。
 音は次第に大きくなり、大木が川上から流れてきた。左右に揺れながら、大木は縄へ進んでいく。人の力は微々たるものだと分かりながらも、ソドウは縄を引く手を緩めなかった。足をとられそうになった頃、軋むような音を立てて、大木はその場に止まった。
「これだけか?」
 流れてきたのは二本だけだった。どれだけ待っても、次は来ない。
「今のあの子たちにはこれが精一杯なのじゃろう。川の流れに任すのじゃから、途中で砕け散ったものもあるはずじゃ。それでも無いよりはいい」
「確かに、これだけの大木なら運んで皮を剥ぐだけでも大変だろうな。作業を進めながら、次の木が流れてくるのを待つよ」
 届いた大木は枝こそ落とされていたが、皮は剥がれていなかった。ソドウはまず、皮を剥ぐことから始めた。川を流れてきた大木は湿っていて、思うように刃物が入らない。ある程度乾かすことが必要だと、運ぼうとしたが、一人の力では容易ではなかった。
 ソドウは細めの木を選び短く切りだした。そして、分厚い板をはめ、少しずつ滑らすように大木を下ろしていく。
 ようやく広い場所へ辿り着いて、皮を剥ぐ。大木が流れてくる度にそれを繰り返した。
 数本揃うと、今度は組み立てるための加工が始まる。
 ソドウは流れる汗を拭うこともせずに、黙々と作業を続けた。ハクシャは戻ってきた旅人の対応の合間にソドウのもとへ駆けつけていた。
「これでは時間がかかりすぎる。柱へ加工することは出来ても、それを立てることは出来ない。いや、今のままでは立てるための土台すら動かすことが出来ない」
 乾いた木の皮がソドウの手の中で潰され、乾いた悲鳴をあげる。
「それでも、俺は諦めないよ。必ずラーフジクに帰ろう」
 その言葉はまるで呪文のように聞こえた。ハクシャは自分に出来ることは何かと考えて、陽だまりのような微笑みを返すことにした。
「手が荒れてきているわ。ひどくなる前に薬草をつけた方がいいわよ。一度、小屋に戻りましょう」
 ハクシャに促がされて、小屋に戻ったソドウは風が強くなったことを感じた。暗い空は嵐が近づいていることを告げていた。
 柱を固定しなくては。せっかくあそこまで進んだことが全て無駄になる。
 ハクシャが薬草を調合している間に、ソドウは小屋の外へ飛び出した。
「危険よ、ソドウ! 行かないで!」
 言っても無理だと分かりながら、ハクシャはソドウの後姿に呼びかけた。案の定、ソドウは振り返らない。雨は次第に強くなり、横殴りの雨が身体から熱を奪い取っていく。
 ようやく、ソドウに追いついたハクシャは、彼の後ろ姿から全てを知った。
 柱は流され、黒い海に飲み込まれていた。自らも飲み込まれそうになっているソドウをハクシャは必死で止めた。もう、海を恐ろしいとは感じなくなっていた。ただただ、今は哀しいだけだった。
 ようやく岩陰にまで移動した二人は、その場に立ち尽くした。小さく息を吐いたハクシャは足に何かが絡まったことに気づき、声にならない悲鳴をあげた。そこには、金色の髪を持つ人物が倒れている。
 そして、水面に揺れる金色の髪は新たな波紋のように広がっていた。
 
 
 
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