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  至上の天上の青  第二話 金の魔物
 
「もっと急いで!」
 冷たい嵐の中、カビラが叫んだ。
 舟から乗り出すので、シエルは舵をとりながらカビラを制した。
「これ以上は無理だ! 波の方向が変わらないと!」
 シエルも焦っているが、中々思うように舟は進んでくれない。
 その様子を見たカビラはおもむろに手を海に入れた。
 集中するように目を閉じると、海がその周りだけ薄く青く光った。
「言うこと聞いてよね。君たちの大切な青を、金の魔物から守るんだから」
 カビラは言い聞かすように言った。
 すると、薄い光が少しずつ広がっていく。
 光った海面が生き物のように動くと、今までの流れが嘘のように消えた。
「どういうことだ? 波が変わるなんて」
 カビラはシエルの様子にかまわず、大岩を指差した。
 さらに、慌てた様子で叫ぶ。
「早く行って! 守人が今、大岩の前にいるわ!」
 シエルはカビラに聞きたいことが山ほどあったが、後回しにして舟を漕いだ。

 ガルヤは舟がなかなか来ないので、海から大岩へ上がろうとしていた。
 ふと、妙なものに気が付く。
 どうしてあんなところに、線が引っかかっているのだろう。
 それに、あのいくつもある黒い包みは何だ?
 突然、黒い包みから火花が飛び散った。
 身の危険を感じ、ガルヤはとっさに海へと逃げる。
 崖の上を見ると村の人間と、大陸の人間がいた。
「止めてくれ! 何をやっているんだ!」
 声は届かない。ガルヤは唇を血が滲むまで噛み締めた。
 爆発音は崖の上でも聞こえていた。
「いつあんなところに火薬を仕掛けたんだ?」
「何のために?」
 村人がザワザワと騒いでいる。
 エンレイは崖の上から、大岩を見た。
 爆発のせいで海の上はここからよく見えない。
 また、炎が大岩から上がった。
 雷の音か爆発音か区別が付かない程、音は繰り返される。
「何かの間違いだ。コウがこんなことをする筈がない」
 エンレイは青白い顔でコウを探したが、大陸の人間に囲まれていて、姿も見えない。
 その時、決定的な爆発がおき、地面が揺れ動いた。
 赤い火花と白い波と灰色の雲が全てを埋め尽くす。
 エンレイには目の前の光景がどこか遠くで起きているように思えた。
 爆発がおさまるとエンレイは崖の先まで行き、下に舟がいるのを確認した。
 そうだ。ガルヤ、ガルヤはどうしているだろう。
 エンレイは動かない脚を必死に拳で何度も叩きながら、海へと向かった。

 大岩が音をたてて崩れていく。
 崩れた岩は容赦なく海の中のガルヤへ降り注いだ。
 何度もぶつかり、ガルヤはうめき声を上げる。
 海の中の青く光る石も次第に崩れて底に沈んでいった。
 ガルヤは気配でそれを知ったが、目では確認できなかった。
 ガルヤの目は爆発によって見えなくなっていた。
 暗い世界の中、手を闇雲に動かすと小さな欠片が掌にあたる。
 ごつごつとしているが、大岩ではない。これは海底の光る石だ。
 シエルは高い波の中にガルヤの姿を見つけ、声の限り叫んだ。
「ガルヤ!」
 数日ぶりに見るガルヤはとても小さく見えた。
 不安になってシエルはもう一度ガルヤを呼んだ。
「ガルヤー!」 
「シエル!」
 ガルヤはシエルの声のする方へ、波で上下する身体を向ける。
 二人の距離は少しずつだが、狭まっていく。
 シエルはカビラに舟の舵を任すと、ガルヤを波から救い出した。
 両腕でガルヤをしっかりと抱くと、安心したガルヤはふっと微笑んだ後、意識を失った。
 どうして、こんな時に一緒にいてあげられなかったのだろう。
 シエルは自分の考えの甘さを悔やんでいた。

 夜になっても嵐は続いていた。
 エンレイは部屋の隅で小さく丸まっている。
 彼が連れてきた医者は手当てを済ませると帰ってしまった。
 明かりの前にシエルとカビラがいた。
 ガルヤは一度意識を取り直し、しばらくぼんやりとしていたが、そのうち見えない目を閉じてしまった。
 場が持たなくて、シエルはカビラの話を聞くことにした。
 カビラも沈黙は苦手なので、声を落としながら話し出した。
「私は、湖底の青を継ぐはずだった者。名前はカビラ。年は十六」
 彼女は額にある守人の印を見せた。飛ぶ鳥の様な形をしている。
 ガルヤの右脚にある印は蛇に近い。だけど、同質のものだろう。
 守人は常に聖地と共にある。
 その影響で青の声を聞いたり、水を操ることが出来る。
 ガルヤに聞くまでもなく、カビラの言葉を信じる要素は揃っていた。
「湖底の青?」
「そう。青の聖地は海底・湖底・地底と三つあるの」
「継ぐはずだったって、どういうことだ?」
「汚されたのよ。あの魔物に」
 カビラは忌々しいという感情を込めて吐き捨てるように言った。
「湖底の青もコウが破壊したっていうのか?」
 カビラは目を伏せながら答える。
「そう。コウが来た時はもう何度も大陸の人間が来ていたから、何とも思わなかったわ」
 ここでもそうだ。
 大陸の人間との多少の小競り合いはあったが、そんなものは文明の力の魅力の前では大した問題にならなかった。
「あの金色の髪、珍しいわよね。神々しくって。それに優しいから子供が懐きやすい」
 明かりの向こうにエンレイが身体をこわばらせるのが見えた。
 カビラの口調が荒くなる。
「だけど、あいつは最初から青を壊すためだけに村にきたのよ」
 カビラは拳ほどの大きさの青い石を自分の前に置いた。
 それは海底の青のかけらだった。
「あいつ、水を村に引くための工事だと偽って、湖に油を入れたのよ。湖底の青はどんどん光を失っていったわ」
 嵐の音がここまで聞こえる。
「だから、金の魔物か」
 綺麗で優しく残酷で手段を選ばない魔物。
「守人はどうしているんだ。まさか、ガルヤみたいに」
「怪我はしなかったわ。本当に少しずつの変化だから、対応が遅れたの」
 目の前で壊されるのと、じわじわと汚されるのを見るのと、どっちが楽だろうか。
 シエルはふとそんなことを思ったが、口には出さなかった。
「父は言ったわ。この青はお前に残せない。残るだけの余力がない」
 決意を表わすようにカビラは続けた。
「でも、私は青を継ぐのよ。継ぐ青は残っている。天上の青が」
「伝説の、天上の青か……」
 ガルヤの声だ。
「ガルヤ、聞いていたのか」
「その伝説を聞きに、私は海底の青の守人を訪ねて来たの」
 カビラの目はまっすぐだ。
 まだ見ぬ、青に向けた視線だろうか。
 ガルヤはしばらくの沈黙の後、口を開く。
「あるかどうかも分からない天上の青を目指すということは、地底の青がどうなっているのかも知っているのだな」
 この人も知っているんだ。
 地底の青は数年前から気配を消しているとカビラは父親から聞いていた。
 自分が守人としての力を少しだけ使えるようになってから、水に聞いてみても答えは同じだった。
 だから例え伝説と呼ばれていても、青があるというのならそれを目指そうと決めた。
「湖底の青は鈍く淀み、海底の青は深く沈み、そして地底の青は息を潜めている。それでも私は青を継ぎたい。だから教えてほしいの」
 カビラの言葉を受けて起き上がろうとしたガルヤをシエルが支える。
「お前にはお前の理由があるのだな。だが、私にも望みがある」
 ガルヤはエンレイを枕元に呼ぶと、海底の青のかけらを手に握らせた。
「私はお前に天上の青を守ってほしい」
 
 
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