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  至上の天上の青  第三話 白の約束
 
 ガルヤの言葉にカビラは顔を赤くして怒りをあらわにした。
「何よ、それ!」
 ガルヤに詰め寄る。手は怒りで震えていた。
「勝手なこと言ってないで、私の質問に答えなさいよ。天上の青はどこにあるのよ!」
 すごい勢いでまくしたてる。
 カビラの気持ちは分からないでもない。
 しかし、ガルヤの身体のことを考えて、シエルはガルヤとカビラの間に割って入った。
「今日はもう止めてくれないか。怪我人相手にそれだけ大きな声を出すのも感心しない」
 静かに諭されたカビラははっとしたようにガルヤから離れた。
 今日までこんなことがおきるなんて、思っていなかった。
 気丈に接しているが、もう、ガルヤの神経はぎりぎりまで張り詰めている。
「エンレイとカビラは俺の小屋で休んでくれ。話はガルヤの様子が落ち着いてからだ」
 カビラはしぶしぶエンレイと外に出た。
 カビラは両腕を組んで隣にいるエンレイを睨みつける。
 エンレイはただただ下を向いていた。
「あんたはどうしたいのよ。天上の青に関わるの? 関わらないの?」
 完全に八つ当たりだった。
「急にそんなこと言われても」
 どうも煮え切らない様子にカビラの口調はきつくなる。
「あんた自分のやったこと、分かってる?」
 エンレイは途切れるくらい小さな声で自分に言い聞かせるように言う。
「分かってたら止めていた」
 言い訳にも取れるその言葉にカビラは容赦なく答える。
「世の中、真実を見抜けない間抜けは出し抜かれるように出来てるのよ」
 いつだってそうだった。
 ここまで来るのだって危険な上に何度も大人達に騙されて、所持金はほとんど底をついた。
 自分の足を進めることだけを考えて、ここまで来た。
「私は認めないわ。天上の青を継ぐのは私よ」
 
 朝起きると、海の匂いがした。
 風はまだ強く、嵐が続いていた。
 カビラは小屋の中を見渡したが、エンレイの姿は確認できなかった。
 きつく言い過ぎたかな。
 反省してみても、一度発せられた言葉は消すことが出来ない。
 雨は続いていたが、その静まりかえった部屋に耐え切れなくなってカビラは外に出た。
 遠くでカツンカツンと音がする。
 何の音だろう。
 音は崖の上から聞こえてきていた。
 カビラは雨の中、音がする方へと走った。
 崖の上にはエンレイがいた。
 橋を架けるための機械が並んでいる。
 それを、彼は両手でも余るくらいの大きさの石で叩いていた。
 エンレイはカビラに気づくと、手は止めずに言う。
「昨日、村の話し合いにもコウは出てこなかった。これを壊せば出てくるだろう?」
 カビラはすっとエンレイの隣に並ぶと、エンレイの手に自分の手を乗せた。
「私もあいつには言ってやりたいことが沢山ある。手伝うわ」
 二人は鉄の塊を叩き続けた。
 
 シエルが、エンレイとカビラが大陸の人間に捕まったと聞いたのは昼ごろだった。
 村人が伝えに来たのだ。
「あんの馬鹿二人が!」
 シエルが二人が捕まっているという小屋へ向かおうとすると、ガルヤも立ち上がろうとした。
「シエル、私も連れて行ってくれ」
 彼女の手はまだ熱い。
「ガルヤはまだ熱があるだろう。この雨の中連れて行けない」
 シエルがそういって、外に出ようとするとすっと戸が動いた。
「そう言われると思いまして、こちらから参りましたよ」
 扉が開くと、シエルの目の前に金色の髪が見えた。
「コウ」
 大陸の人間を数人連れてきたコウは世間話のように話し出した。
「昨日の事故と、この嵐とで工事が止まりましてね。その上、子供たちの悪戯が重なり、こちらとしても困っているのです」
「あいつらはどうしている」
 シエルは強い口調で彼に聞いた。
「一応、こちらで保護していますが、事が事だけに島の中だけで解決するのは難しいですね」
「大陸へ連れて行くということか」
「そうなりますね」
 罪人扱いされるのは容易に想像がついた。
「帰してくれ」
 シエルがガルヤの声に振り向くと、ガルヤは床に手をついて頭を下げていた。
「海底の青を返せとはもう言わない。せめて、あいつらだけは帰してくれ」
 コウは鼻で笑うと、ガルヤを見下ろした。
「あの岩は聖地と聞いていたのですが、案外弱いものなのですね。信仰も弱いのですか?」
 コウはどこまでも嫌味だ。整った顔に浮かぶ薄笑いが消えない。
「先ほども言いましたよね。嵐が続いて困っています。あれは貴女の言う神の怒りですか?」
「そうかもしれない」
 ガルヤの答えにコウは満足げに言う。
「本当に神を信じるのなら、崩れ去った聖地に殉じることも出来ますよね。それが出来ると言うなら子供たちを返しましょう」
 これにはシエルも黙っている訳にはいかない。
「ガルヤに死ねというのか?」
 シエルはコウの胸ぐらを掴んだ。コウは冷ややかな目をしたまま嫌味な笑みを浮かべる。
「それを決めるのは彼女ですよ。私でも貴方でもありません」
 だが、今のガルヤの選択肢は事実、ひとつだけだった。
 彼女は静かに頷いた。
「分かった。だが、あいつらに言いたいこともある。今日中にあいつらを帰してくれないか」
「承知しました」
 コウの姿が見えなくなるとシエルはガルヤに駆け寄った。
「ガルヤ、何であんな約束を!」
「村の人間はもう当てにならない。大陸の人間に意見など出来ないだろう。それほど文明の力は生活に入りこんでいる」
 彼女は口に拳を当てた。
「だが、コウも信用は出来ない」
ガルヤはシエルの服の裾を掴んだ。
「よく聞いてくれ、シエル。明日の早朝、私を大岩に置いて、そのまま舟で逃げろ」
「ガルヤはどうする」
 シエルの問いにガルヤはしばらく黙っていた。
 風が小屋を軋ませる音だけが聞こえる。
「私は、海底の青と共に逝く」
 辛そうな声にシエルはガルヤを抱き寄せた。
「俺と一緒に生きてはくれないのか」
 シエルの声がかすれる。
 もう、どちらがすがっているのか分からない。
「シエル、愛している。一緒に生きたかったよ。だけど、私は守れなかった聖地に対して今出来ることをしたい」
 ガルヤの涙は止まりそうにない。
 そうして、しばらく二人は離れなかった。
 
 辺りが暗くなってガルヤの小屋にやってきたエンレイはもう頭を上げられなかった。
「ごめん、ガルヤ」
「謝ってすむか。この大馬鹿!」
 シエルはエンレイとカビラの頭をがつんと殴った。
「手を出せ、エンレイ」
 ガルヤの言葉に、エンレイは目を閉じておずおずと両手を差し出した。
 左手の刺すような痛みで彼は目を開けた。
 シエルによって掌に刺青がされているところだった。
「守人の印だ。本来は、私がするべきことだが、この目では出来ないからシエルに頼んだ」
 ガルヤが説明するが、エンレイは動くことも出来ずに、じっと印を見ながら黙っている。
 その形は波の様にも風の様にも見えた。
「昨日も言ったろう。私はお前に天上の青を守ってほしい」
 カビラは一瞬躊躇ったが、もう一度ガルヤに聞いた。
「天上の青はどこにあるの? 私は継げないっていうの?」
「今のお前では無理だ。先のことは分からないがな」
「どういうこと?」
「その答えは、お前が探すといい。だが、場所は答えよう。天上の青はコンエ山にあると言われている」
 天上の青の手がかりが手に入ったのに、カビラは喜べなかった。
 この旅は何度哀しみを見ていけば終わるのだろうか。
 どれだけ罪を重ねたとしても、たどり着けるのだろうか。
 
 約束の朝がきた。
 海はまだ荒れている。誰も外に出てこないがどこかで見ているだろう。
「連れていってくれ。海底の青が沈んだところまで」
 シエルはガルヤを横抱きにし、ガルヤはシエルの首に手を回した。
 風が白い波の花を舞い上げている。
 海岸沿いに大岩があったところまで四人はやってきた。
 海底の青はもう見えない。
 シエルが彼女を地面へと降ろす。
「ガルヤ、俺、天上の青を守るよ」
 自分がどうしたいかはまだわからなかった。
 カビラのように真っ直ぐには言えない。
 今はただ、ガルヤの望みを叶えるためだけに、エンレイは青を探すことにした。
 ガルヤはエンレイの言葉に対し、微笑んで静かに冷たい海へ入った。
「お前たちが無事に天上の青にたどり着くことを祈っているよ」
 ガルヤは海に潜り、そのまま深く沈んでいった。
 白い花が辺りを包む。
 シエルが意を決して、二人を急かした。
「走れ! ガルヤがくれた好機を無駄にしたら、もう助けにはいかないからな!」
 エンレイとカビラは安定しない岩場を必死で走る。
 波は冷たく高い。
 三人は昨晩の内に岩陰に隠している舟へと急いだ。
 嵐のせいで海水が入っていたが、波の花がうまい具合に目くらましになってくれていた。
 エンレイは印を入れた手が痛むのを必死でこらえて、舟に入った海水をかき出す。
 村の人間や大陸の人間が来るより早く舟を出すんだ。
 ガルヤとの約束を果たすために。
 
 
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