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至上の天上の青 第四話 黄色の月 |
舟を途中で乗り捨て、暗い林の中を三人は走った。 体力のあるシエルはどんどん進んでいくが、カビラは少しずつ遅れていった。 だけど、カビラは泣き言ひとつ言わずに足を動かす。 「シエル。少し休もう」 カビラに気がついたエンレイがシエルに声をかけた。 「今日は行けるところまで行く。それから追っ手が来ないようなら数日休む」 シエルは取り合わない。 でも、とエンレイが言いかけるのを、カビラが制した。 「大丈夫よ。絶対ついていくわ」 体力の限界はとうに過ぎているだろう。 どうしてそんなに必死になれるのだろうか。 荒い息の下、必死で前に進むカビラをエンレイは不思議そうに見ていた。 次第に辺りが真っ暗になって、黄色の三日月が空へ浮かんでいた。 追っ手がこないことを確認したシエルは深い木の虚を見つけると入っていった。 カビラはその湿った地面に少し躊躇したが、エンレイが入っていくのを見ると諦めて潜り込んだ。 「コンエ山まではどのくらいあるの?」 「俺もよく分からない」 「じゃあ、何でついて来るの?」 「俺はお前たちを許しているわけじゃないからな」 シエルに睨まれ、エンレイとカビラはびくりと身体を震わせた。 ガルヤはコウに挑発されなくても、海底の青と共に逝ったかもしれない。 だけど、ガルヤを失ったことに対して、何かのせいにしなければやりきれなかった。 「青を目指す限りは助けよう。だが諦めたら、俺は何をするか分からない」 助けであり、見張りでもあるということだ。 カビラはその気迫に負けて答えることが出来なかった。 「ガルヤとの約束は守るよ」 エンレイが今までにないしっかりした口調で言った。 シエルはぶっきらぼうに答える。 「じゃあ、さっさと寝ろ。明日もかなりの距離を歩くぞ」 夜になって気温が下がったせいで、三人は並んで横になった。 カビラは横にいるエンレイに小さな声で話しかける。 「ガルヤの望みってだけで、青を目指すの?」 「変かな」 「変よ。誰かのためだけに生きるなんて不自然だわ」 エンレイはずっと聞きたかったことを口にする。 「カビラはどうしてそんなに青を継ぎたいんだ?」 「守りたいものを自分で守るためよ。青をもう誰にも壊されたくないの」 「自分のためじゃないんだ」 「何言ってるの? 自分のために決まってるじゃない。皆、自分のために生きてるのよ」 カビラは赤くなって反論した。 エンレイはそれを可愛いと思ったが口にはしなかった。 数日経っても追っ手は来なかった。 夜が明けてうっすらと青い空に見える月は丸に近い。 「少し休んだことだし、行くか」 「どこに?」 「情報が少なすぎる。昔、村にいた人間に話を聞きに行くんだ」 「誰?」 「キョロウとレンヤ。ガルヤと海底の青の守人を競った候補者だ」 シエルの言葉を受けて、エンレイがカビラに説明する。 「海底の青は世襲制じゃないから。候補を何人かあげて、選ぶんだ」 「ふぅん」 力が分散するので、守人が一人というのはどこも変わらないのだとカビラは思った。 そして自分はまだ候補者に過ぎない。 それでもいい。絶対に負けないから。 何度目かの林を抜けたところで、小さな小屋が見えてきた。 小屋の近くに背の高い男性を見つけて、シエルが声をかける。 「よう、レンヤ。また来たぞ」 レンヤの傍に見慣れない少年がいる。年はエンレイより少し下といったところだろうか。 「いつの間に産んだんだ?」 「産んでねぇっつーか産めねぇ」 その声に後ろを振り返ると、細身の青年が腕を組んで睨んでいた。 ガルヤに似ている、とカビラは思った。 「捨て子だよ。珍しくもない。名前はリボク」 「キョロウ。その言い方、何とかならないか」 レンヤがキョロウに注意するがキョロウはぷいと横を向いてしまった。 いつものことなのだろう。リボクは気にしていないようだった。 「まぁ、何かの縁だから一緒に暮らしてみようかと思って。ガルヤだってエンレイを育てた訳だし」 レンヤが穏やかに笑う。 一方、シエルは表情を曇らせた。 「そのガルヤのことで話があるんだ」 「知ってる。村人がお前らを探しにここまで来た。普段は見向きもしないのに」 キョロウは機嫌が悪いようだ。 両腕を組んだまま苦虫をつぶしたような顔をしている。 シエルたちが黙っているのを見て、レンヤは微笑みながら言う。 「だからね、何があったかは本人に聞こうと思って待っていたよ」 小屋へ移動して、シエルの話が一通り終わるまで、エンレイとカビラは所在なさげにしていた。 リボクも知らない人間が沢山きたので、奥にこもってしまった。 「で、知りたいのは天上の青についてだったな」 シエルがカビラに話を促した。 「ガルヤが教えてくれたから、いいわ」 キョロウは馬鹿にしたように笑う。 「コンエ山か? 今、登るつもりなら何も必要ないぜ。足を踏み入れた段階で遭難だ」 「そんなに大変な山だったんだ…」 山登りでさえ初めてなのに、どうしたらいいんだろうとエンレイは呟く。 「そりゃそうだろう。聖地ってのは人が入りにくいように出来ているもんだ」 「入りにくいから聖地なのか?」 シエルの質問に、飲み物を持ってきたレンヤが答える。 「何か隠しておかなければならないものがある所。もともと人が住めない危険な所。圧倒される空気のある所。そして、心のよりどころとなる所。すべてが聖地だよ」 レンヤはカビラに果物の搾り汁を渡すと微笑みながら言う。 「天上の青は澄み切った空の上にあると言われているよ」 エンレイは不思議に思う。 「空は何処にでもあるのに、天上の青はその中のひとつだけなんだ。それはどんなものなんだろう」 続いているのに異なるもの。 同じものなのにそれ以上はないといわれるもの。 エンレイには想像がつかなかった。 数日後の夜、カビラはこっそりと小屋を抜け出した。 湖底の青は山の上にあったので、脚には自信があった。 長旅の疲れも取れた。もう、足止めはうんざりしていた。 後ろから足音が追いかけてくる。 カビラが振り向くとそこにエンレイがいた。 「まさかとは思ったけど、本当に行くつもりなんだ」 「ほっといてよ! 競争相手がいなくなったら、それでいいでしょ?」 「良くないよ」 真っ直ぐ自分を見るエンレイの視線に、カビラは鼓動が大きくなるのを感じた。 それをごまかす様にいつものように聞く。 「どうしてよ」 どうしてだろう? エンレイはしばらく考えたが、答えは言葉にならなかった。 仕方ないので、本心とは違う答えを口にする。 「守人は青が決める。その前に勝ったのは勝ったと言えない」 「……あ、そう。じゃあ、勝手にすれば」 カビラはさらに機嫌を悪くして、足早にその場を去った。 エンレイは見失わないように離れて歩いた。 「どこに行くか分かっているのか?」 「水があれば大体分かるわ。水音の中に青の声が聞こえるから」 「水なんてないけど」 「どこかに川があるはずよ」 どうやら闇雲に歩いていくつもりだ。 エンレイは空を見上げると一番明るい星の位置を確認した。 カビラがどちらの方向に行くか迷いだすと、エンレイはすかさず先へ行こうとする。 先に歩かれたくないカビラはエンレイを追い越していった。 それを何度繰り返しただろうか。 朝になってカビラは愕然とした。 夜、出発した筈の小屋が目の前に見えている。 結局、ぐるりと林の周りを一周して帰ってきただけだった。 エンレイにしてやられた。 気づいた時にはもう遅い。今回は完敗だった。 その夜、二人は大熱を出した。 「一体、何していたんだ」 「散歩」 呆れ顔で聞くシエルに二人は声を揃えて答えた。 「暖かくなるまで待つんだね。聖地は逃げない」 レンヤは笑いを抑えられない様子で腹を抱えながら言った。 |
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