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  至上の天上の青  第五話 赤の脅威
 
 日に日に太陽の昇っている時間が長くなった。
 晴れた日に六人はコンエ山へ向けて出発した。
 シエルが手際よく梱包した荷物をそれぞれ背負っている。
 比較的軽い荷物を背負ったカビラとリボクは並んで歩いていた。
 カビラがエンレイと歩くのを避けたからだった。
「またエンレイと喧嘩した?」
「喧嘩なんてしてないわ。最初は嫌いだったけど、今はそうでもないし」
 リボクは少し俯きながら、呟くように言う。
「好きなんだ」
「前よりはね」
 あっさりと答えるカビラはリボクの気持ちに全く気づく様子がない。
「じゃあ、僕の競争相手はエンレイだね」
「違うわ。エンレイの競争相手は私よ」
 会話が全くかみ合っていない。
 一番後ろを歩いていたレンヤとキョロウは笑いをこらえるのが精一杯だった。
 涙目になりながら、レンヤはキョロウに話しかけた。
「思い出すね。ガルヤと競っていた時のことを」
「まぁな。選ばれなかったときは悔しかったけど、我が従姉妹殿は完璧だからな。結果は分かっていたよ」
「もうここには居られないって泣きながら村を出て行ったのが嘘みたいだね」
 意地悪なレンヤの言葉にキョロウはふてくされて言い放つ。
「そんな何年も前の話は忘れた」
 本当は一緒に村を出てきてくれたレンヤに感謝していた。
 だが、言葉に出来るのはもっと先の話のようだ。
 
 荷物が多すぎて、休憩をとるのも大変だった。
 カビラは多くの荷物からようやく鍋を見つけ出すと、湯を沸かし始めた。
「何でこんなに多いのよ。大体、何で皆ついて来る事になってるわけ?」
「あれ、言ってなかったっけ」
 レンヤとキョロウがにやりと笑った。
「俺たちも天上の青を継ぐんだ」
「なぁぁんですってぇ」
 カビラは地の底から響くような声を出した。
「それは冗談として」
 勿論それは嘘で、単にカビラをからかっただけだった。
「大陸の人間が周りをうろつきだしたからな。とっとと離れたほうが余計なことに巻き込まれなくていい」
「まあ、一度青に選ばれなかった俺たちが行くのは麓まで。それからはまた住むところでも探すよ」
「人の心配より自分の心配をしろよ。カビラ」
心配なんてしていない、と言い返そうとする彼女を面白そうに見ながらキョロウは続ける。
「山に行ってからが大変だぞ」
「危ないってこと?」
「青については殆ど文献が残っていないんだ。これは文字が普及していなかったこともあるけれど、口伝に限定した結果といったほうが正しい」
 レンヤは自分の言葉が少し難しかったことを皆の表情から汲んだ。
「要するに大切なことは心から心へ伝えたってことなんだよ」
 心から心へ。
 文字にすると伝えきれない言葉の向こうを伝えたかったということだろうか。
「だから、山に何があるのかは自分で確かめるしかないんだ」
 
 出発して何日が過ぎただろうか。
 遥か彼方にコンエ山の頂上が見えてきた。
 山は夕日に照らされ赤く染まっていた。
 日が暮れる前に平地が見つかったので、今日はそこで休むことになった。
「エンレイ、水を汲んできてくれないか」
 火をおこしながらシエルはエンレイに言った。
「分かった」
 エンレイが川へ下りると、人影が見えた。
 カビラだ。
 彼女は夕日に背を向けて、川の一番浅いところへ立っていた。
 色の薄い髪の毛が夕日に染まっている。
 白い脚は水の冷たさでさらに白くなっていた。
 カビラは両腕を伸ばすと、水と語り合うように歌いだした。
 湖底の青のかけらがそれに反応して光を放つ。
 カビラが強く歌えば強い光を、弱く歌えば弱い光を。
 その美しさにエンレイは魅かれていた。
 カビラの歌が終わったようだ。
 まだ神秘的な空気を纏ったまま、カビラはエンレイの名を呼んだ。
 エンレイはまだぼんやりしながらカビラに聞いた。
「その歌は?」
「祈りの歌よ。ガルヤは歌わなかった?」
「ガルヤは海に潜って瞑想していたよ」
「そう。同じ守人なのに少しずつ違うのね」
「俺も一緒に祈っていいか?」
 彼女は少し考えた後、少し場所を譲るように動いた。
「いいわよ」
 エンレイはカビラの横に並ぶと瞑想を始めた。
 目を閉じているエンレイは自分の体がうっすらと青く光りだしたことに気づいていなかった。
 カビラの歌が途中で止まった。
 どうしたのだろう。
 エンレイはカビラの顔を見た。
 カビラは両手をゆっくりと下ろすと、首を小さく横に振った。
「やっぱり、駄目」
「どうして?」
「エンレイがいたら、気が散るのよ」
 カビラの顔が赤いのは夕日のせいだろうか。
 エンレイが近寄ろうとすると、カビラは慌てて水の外に出た。
 そして、そのまま走って川から去っていった。
 前を見ずに走るカビラは様子を見に来たシエルにぶつかった。
「遅いから何かあったのかと思って」
 カビラは泣きそうな顔をしている。
 今まで、見たことのない顔だ。
「どうしよう、シエル」
「何が、どうしようなんだ?」
「私、誰にも負けたことなかったの。だから、この前エンレイに負けてから変なのよ。勝てる気がしない、勝たないといけないのに」
 カビラの震える手が、戸惑いを表わしていた。
「絶対に、天上の青だけは譲れない。だけど、あの光が本当の青になったとき、どんな青になるのか見てみたい」
 シエルが守人の気持ちを理解するのは難しい。想像の域を出ない。
 なので、彼はカビラの頭を撫でながら、ガルヤならどう言うだろうかと考えた。
「心配するな、カビラ。全ては天上の青が決めることだろう?」
 カビラはシエルの服を握り締めた。
 シエルは今度は自分の言葉で語りかける。
「それに、競うと言っても俺は単純な勝ち負けとは思ってない。迷う前にやることがあるんじゃないか?」
「やること?」
「この旅を最後までやり遂げることだよ。その為にここまで来たんだろう?」
 カビラは少し止まったあと、無言で頷いた。
 
 とにかく目の前のことから片付けることにしたのだろう。
 それからというもの、どんなに道が険しくなっても、エンレイとカビラは無言で進んでいった。
 キョロウとレンヤとリボクとはここで別れるというのに。
 ため息をついた後、シエルはキョロウとレンヤに礼を言った。
「本当に世話になったな。あいつらときたら礼もそこそこで行ってしまって」
「まぁ、元気になって良かったよ」
 レンヤは同意を求めるようにキョロウを見た。
「心配はしたんだぜ。最初に見たときはお前ら何か小さく見えたからな」
 シエルは手を差し出して言う。
「月並みだが、良い旅を」
「お前らもな」
 三人が話している間、リボクは山が珍しいのか周りをうろうろしていた。
「あんまり遠くに行くなよ。明日にはここを発つからな」
「分かった」
 それは返事だけだったようで、リボクは木々の合間に消えていく。
 そこには金髪の男性が立っていた。
「コウ」
「うまくやっているようですね」
 リボクは目を細めた。
「当たり前だろ。今日はみんなは来てないの?」
「私だけです。あの少年は青の力を手にしましたか?」
「まだだよ」
「やはり、あれだけ小さい石では影響が出るまでにかなりの時間を要しますね。それなら少し小細工をしてみましょうか」
 コウは何かを思いついたらしく、鮮やかに笑った。
 リボクが頭上を見上げると大きな荷物が目印のように見えた。
 思ったより早く進んでいる。
「上まで行くのなら急いだほうがいい。僕たちも行くんだろう?」
「はい。今回の指示は、この旅を終わらせることです」
 コウの荷物は大陸の物なので、とても軽い。
 リボクも荷物が無くなった分、今までより早く動くことが出来た。
 陽がかげり、木々は色をなくし、葉の音がざわめくように聞こえる。
 夕焼けが血の様に辺りを染めていた。
 
 山道は最初は緩やかに続いた。
 何日か経つと段々に木々は減り、岩が多くなる。
 次に岩のみが存在する世界が広がる。
 その岩も小さくなり、地面は軽い石で埋め尽くされた。
 それが、思いのほか足が進むのを遅らせる。
 体力は次第に奪われていった。
 そしていくつかの山を越えたところにそれはあった。
「あれが頂上だ」
 コンエ山はすべてのものを圧倒するかのようにそびえ立っていた。
 雲が放射状に伸びている。
 音のしない灰色の山だ。
 カビラの足がすくんだ。
 生きるものが何も見えない山。
 あれが、本当に天上の青のあるところなのだろうか。
 カビラは先を行く二人からずいぶん離れてしまった。
 エンレイが気づいて振り返る。
 シエルと何か話し合っているようだ。
 山の天気は変わりやすい。雨雲が空を覆い始めた。
「先に行っていいわよ」
 本心からカビラは言った。立っているだけで精一杯の自分を待つ事はない。
 エンレイはその場から駆け下りようとしていた。カビラは全身全霊を込めて叫ぶ。
「大丈夫だから! 早く行って!」
 シエルとエンレイは顔を見合わせた。
「俺が残るよ。カビラと一緒にいる。危ないと思ったら、すぐにひきかえせよ」
 頷いたエンレイが山を登っていくのを確認すると、シエルはカビラがいるところまで下りていった。
 足場は思ったより悪く、登るときより時間がかかった。
 ようやくカビラの表情が見えるところまで来ると、新たな人影が行く手を阻んだ。 
「コウ。何でお前がここに」
 ガルヤを奪った金の魔物が目の前にいた。
 あの時と同じ薄笑いに、シエルは憎しみで身体中が震えるのを感じた。
「ここからは色々なものが見えますね。ほら、あれが貴方の大切な人の眠る海。そして、逃げ回った道」
 コウは艶やかな笑顔で残酷に言い放つ。
「今、この旅は終わる。そして貴方には何も残らない」
 
 カビラのいるところからは島の全域は見えなかった。
 それでも、一つだけここからでも分かる赤い光を確認した。
 あれが湖底の青があったところだ。
 そして。
「あれが君の罪」
 カビラの後ろにリボクがいた。
「リボク?」
 どうして、リボクがここに? それにどうして知っている?
「一番先に湖を汚したのは君でしょう、カビラ。人のせいにするなんて間違っているよね。自分のしたことをよく見てよ」
 赤い湖が妖しく光る。
 そうだ、あれは私の罪。
 カビラの目が大きく見開かれる。
「いやあああああ!」
 彼女は頭を両手で抱えると、半狂乱で叫んだ。
 意識を失いながら、カビラは願った。
 こんな風にすべてが消えてしまえばいいのに、と。
 
 
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