←モドル モクジ ススム→ |
至上の天上の青 第七話 地底の黒 |
足元の石が岩になり、まばらだが、低い木も見えてきた。 着実に下に降りてきている。 来た道とは違う道なのに、エンレイの足取りはしっかりとしていて、目的地がはっきり見えているかのようだ。 「行くところが分かってるの?」 リボクが聞いてきた。 「急に色々なものが見えてきたんだ。紫の光がなくなってからはもっと見えてきた」 「カビラにも見えてるはずなんだけどな」 カビラの意識は戻ったが、思考までは戻っていない。 今のカビラにはきっと周りの風景すら見えていないだろう。 リボクはエンレイの隣に並んだ。 「あなたにあれば見える。なければ見えない」 エンレイがその言葉に反応すると、リボクは言う。 「シュアサが言ってたんだ」 「シュアサってどういう人なんだ?」 リボクはしばらく考えた。 「優しい人だよ。親を亡くした子供たちを沢山育ててくれた。……そして、聖地を憎んでいるんだ」 どうしていつも哀しそうなのか不思議だった。 リボクはずっとその哀しみを取り除いてあげたかった。 遠くに、人影が見えてきた。 あの姿は間違いない。キョロウとレンヤだ。 エンレイは手が使えないので、大声で彼らを呼んだ。 すぐに気づいてくれたので合流することができた。 「何があった?」 キョロウはシエルがいないことと、エンレイの顔に血が付いていることに気づいて、真剣な様子で聞いた。 「後で、話していいかな」 エンレイが視線をそらすと、レンヤが手を差しのべる。 「カビラをこっちへ」 「ありがとう、ちょっと体力的にきつかったんだ」 エンレイは安心して微笑んだ。 「天上の青は見つかったか?」 キョロウはエンレイの顔を拭きながら聞いた。 「うん。だけど、何とかしないといけないものも見つけたんだ。これからそこに行く」 夜になって休むところを見つけると、エンレイは少しずつ、上であったことを話した。 キョロウとレンヤは黙って聞いていた。 そして、朝になって二人はこの旅に同行することをエンレイに告げた。 レンヤが何も言わないのがリボクは不思議だった。 キョロウの反応は分かる。 全く口を聞いてくれないし、そこにリボクがいないように振舞っている。 従姉妹と友人の命を奪った者の仲間に対する当然の言動だと思う。 「レンヤは僕を怨まないの?」 リボクは恐る恐る聞いた。 「騙されたのは怒っているし、君たちのシュアサを好きにはなれないよ。でも、俺は優しいリボクを知っている」 レンヤは静かに微笑んでいた。 「答えは自分で決めないとね。誰かが救ってくれるのを待ってるだけでは、本当の救いにはならない」 彼の言葉の意味をリボクは考えていくことにした。 森は鬱蒼としている。 水があるのだけが、救いだった。 「凄い谷間だけど、本当にこの下に行くのか?」 下を見たキョロウの言葉にエンレイは頷く。 「この辺りの道には人の手が入っているよ。昔、誰か住んでいたんだ」 道を進むと、洞窟が見えてきた。 中に入り外の光が届かなくなると、真っ暗で何も見えなくなった。 レンヤは空気が澄んでいることを確認すると明かりをつけた。 ぼんやりと辺りが照らされる。 「足元が悪いから気をつけて」 レンヤが先に行き、キョロウが三人を下に降ろしていく。 それを何度となく繰り返した頃、今までの狭い通路とは違う、開けた空間へと出た。 「水の音がする」 リボクが小さな音に気づいた。 「でも、何も見えないな」 明かりを水の音の方へ向けるとそこには、漆黒の湖があった。 「この地底湖って、まさか」 そのエンレイの言葉に答える声があった。 「これが、湖底の青だったものよ」 長い髪の女性がそこにいた。 「ようやく来たわね。青の力を得るまでの時間なら仕方がないわね」 「シュアサ!」 彼女はリボクを見下ろしている。 「リボク、コウは?」 下を向き、横に首を振るリボクを見て、シュアサはとても哀しい瞳をした。 リボクは複雑な気持ちだった。 自分がどうしたいのか、わからない。 彼はどちらにも行けずに立ちすくんだ。 シュアサは何かを振り切るように冷たい目をして言い放った。 「それでも私は変わらない。後は、貴方たち青に関わるものを全て消すだけ」 シュアサはレンヤ達も消すつもりだ。 「一人で消せるっていうのか?」 「黒くなっていたって、この湖の力は使えるわよ」 湖から黒い水でできた大蛇が現れる。 シュアサの意思にあわせて動いている。 こんなことが出来るのは。 「湖底の青の守人!?」 「そう。青の力で青を屠るの。それで全てが消える」 大蛇が襲いかかってくる。 けれど、エンレイは逃れることをしなかった。 伝えたいことがあった。 「じゃあ、あなたにも見えているはずだ。あの黒の底に青が光っているのが」 だけど、シュアサは冷たく笑っただけだった。 「見えているわよ。何度壊しても、また復活してくる。何も救えないくせに」 苛立たしそうに言葉を吐き捨てる。 「私は死があるかぎり神も聖地も信じない。大切な人を救えない、そんな神ならいらない」 水の圧力でエンレイの身体が飛ばされた。 「エンレイ!」 「大丈夫だよ」 エンレイは立ち上がると、シュアサをまっすぐ見た。 「青を全て壊せば、それを望むものがいなければ、なかったことに出来るの」 痛みをこらえる自分より、シュアサの方が辛く哀しい目をしている。 「天上の青には全てが繋がっていた」 エンレイは自分が見てきたものを伝えたいと思った。 「俺は神ってものがよく分かってないけれど、全てのものの記憶を留めているあの空に、見たような気がする」 届けたい、届くはずだ。 ガルヤに、シエルに、シュアサに。そしてカビラに。 「それは白い海にも黒い湖にも赤い湖にも続いていたよ。今までもこれからもずっと繋がっていくんだ」 エンレイはカビラを見た。 カビラの目から涙が溢れ、心の中にあった塊を溶かしていった。 |
←モドル モクジ ススム→ |
Copyright(C) 2006-2007. Wakana koumoto All Rights Reserved. |