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至上の天上の青 第八話 藍の言葉 |
ゆっくりと立ち上がったカビラをレンヤが支える。 キョロウは退路を見つけようと、辺りを見回した。 その隙にリボクはシュアサの前に出た。 「もう止めよう。みんなのところに帰ろう、シュアサ」 リボクは決めた。この哀しい人と一緒にいると。 けれど、シュアサは取り合わなかった。 「帰れないわ」 「みんなといて楽しくなかった? あれは嘘?」 優しいシュアサ。 シュアサが誰かを見捨てたりしないから、誰もがシュアサを見捨てない。 リボクにとってはかけがえのない世界だった。 「楽しかったからこそ、いつまでも一緒にいられないのが辛いのよ。誰かがいなくなると、この闇がやってくる」 シュアサは震える声で言った。 何かに怯えるようだとカビラは思った。 この恐れをカビラは知っていた。 聖地から逃れたいと願ったとき、見た闇だ。 「私の心は青を消さないかぎり、この洞から出ることが出来ない。だから青を消すしかない」 エンレイはその言葉に小さく頭を振った。 「消えないよ。青は消えたように見えて、また、現れてくる」 カビラはエンレイの言葉に光を感じた。 そうだ、光だ。 手に触ったりは出来ない、近くて遠い、不確かなもの。 「不確かだからこそ、人はそれを求めるのよ」 求められる限り、聖地は繋がっていく。それこそ何代も。 それは不滅と言えないだろうか。 カビラはガルヤの言っていた答えをやっと見つけたと思った。 「青を継ぐってそういうことなのよ。どこまでも果てしない。終わりなんてない」 シュアサはカビラの言葉に静かに目を閉じた。 「それは貴方たちの理屈。私が求める答えではないようね」 再び開いた瞳の奥にはやはり絶望しか見えなかった。 大蛇は一度湖に潜ると、ますます大きくなって水面に現れた。 目玉のようなものも見える。 それは遥か頭上からエンレイを狙っていた。 「エンレイ!」 リボクがエンレイの足元に何か光るものを投げた。 それは小さな短剣だった。 「悪いけど使えそうなのはそれしかないんだ」 コウが使っていた短剣だ。 リボクが手入れしたので綺麗にはなっているが、護身用には変わりがない。 どうやっても目の前の大蛇には届きそうになかった。 たとえ届いたとしても果たして傷を負わせられるだろうか。 だが、エンレイは微笑んでいた。 「十分だよ。カビラ、手伝って」 「どうするの?」 カビラはレンヤから離れると、岩影に隠れながらエンレイの傍へ向かった。 「あの水の力を借りる」 エンレイの視線の先には少し濡れている岩があった。 水が上から少しずつ滴り、下へと流れを作っている。 エンレイが短剣を岩に刺す。 岩は思ったより柔らかく、少しずつ剣が飲み込まれていった。 カビラはエンレイの手に自分の掌を重ねた。 水が剣へと流れてくる。 しばらくすると、青い光が剣から発せられた。 それを確認するとエンレイは剣を一気に引いた。 短剣は青く光る長剣になっていた。 しかし、エンレイが不利なことに変わりはない。 黒い大蛇は身体をうねらせてエンレイを狙っている。 カビラは祈った。 湖底の青から逃げようとした自分には、青に祈る資格はないかもしれない。 だけど、祈らずにはいられなかった。 心から願う。あの青が届くようにと。 大蛇がエンレイに追いかぶさろうとしたその時。 青い光が大きく広がった。 エンレイはその好機を逃さず、大蛇の腹を真っ二つに割いた。 大きな音をたてて大蛇が崩れていく。 音は洞窟に反響して声のようにも聞こえた。 シュアサはただ立ち尽くし、その声を聞いていた。 「哀しき喜びの歌」 リボクはシュアサの目に哀しみ以外のものを見た。 「答えを、見つけたわ」 シュアサはそう言うと躊躇した様子もなく、黒い湖の中へ落ちていった。 もう、リボクは一緒に帰ろうと言わなかった。 あんなに嬉しそうな顔をされては言えなかった。 彼女と大蛇は波紋を広げると、深い湖の底へ消えていった。 水面が落ち着くと大蛇の目玉が残っているのにリボクが気づいた。 それは藍色の石だった。 まるで拭い切れない思いが残っているような、複雑な青。 「僕はこれも青だって思うよ」 哀しき喜びの歌。 その藍の言葉をリボクは伝えたいと思った。 重い足を進めると、五人は外へと向かった。 外は何事もなかったかのように、静かに時が流れていた。 一番前にいたキョロウが空を見上げながら言う。 「さて、これからどうする?」 |
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