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  Xiang-ge-li-la!  第二話 一葉寮
 
 ドアホンを鳴らす原さんの後ろに、呉(ウー)さんと私が並ぶ。
 ぴんぽーん、と間の抜けた音がして暫くすると、奥から返事が聞こえた。
 玄関を開けてくれたのは、縁なし眼鏡をかけた人だった。原さんが来ることを知っていたのだろうか。彼女は扉に手をかけたままにこりと笑った。
「こんにちは、原さん」
「こんにちは。古賀さん、今日はお休み?」
「はい。三好さんもいますよ。水曜日ですから」
 古賀さんと呼ばれた人は、足早に廊下の端まで行くと、階段から二階へ向かって叫ぶ。
「ユッキー。原さんと新人さんだよー」
 はーい、と声が聞こえた。階段を駆け下りて来たのは、活発そうなショートカットの子。
「ごめんごめん、ちなっちゃん。洗濯物、干していたから気づかなかったよ」
 彼女はこっちに気づくと軽く会釈をした。原さんは二人に向かって若干事務的に紹介をしてくれる。
「今日から寮に入ることになった、佐藤美鈴さんと呉霞潤(ウー・シャァルン)さんです。こちらは古賀千夏さんと三好雪奈さん」
「よろしくお願いします」
 呉さんと声が重なってしまい、思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
「後、寮の詳しいことは古賀さんと三好さん、教えてあげてくれる?」
「いいですよ」
 原さんが事務所に戻るのを見送ってから、呉さんと私は靴を脱いだ。
「まずは靴を自分の名前のところに置いてね」
 古賀さんが指差した先を見ると、靴箱にきちんと名札が貼ってある。自分を入れて九つもある名前に頭がくらくらする。しばらくはこれを見て名前を覚えなくては。
 気合いを入れる私をよそに、古賀さんと三好さんはなにやらぼそぼそと話している。
「美鈴。すずちゃん、か」
「涼香ちゃんと、かぶっちゃったね」
 三好さんは振り返ると呉さんに聞く。
「シャアルンさんだったっけ?」
「シャアルンではありません。シャァルンです」
 呉さんは真面目に「ァ」の発音について語っている。三好さんは困ったような顔をすると呉さんを見て考え込んだ。
「んーと、ルンルン」
 すぐに視線は私に移る。
「リンリン」
 美鈴→鈴→リンリン
 私はパンダか。心のツッコミは届く筈がなくて、三好さんは話を進める。
「こっちに来て。簡単に説明するから」
 戸惑いながら着いて行こうとすると、呉さんと目があった。
「いいの?」
 勝手にあだ名を付けられるのは、私でもかなり抵抗があるけれど、彼女は大丈夫だろうか? 国際問題は小さなことで起こるっていうから心配だ。
「覚えてもらうことが大切、と思います。悪意のないあだ名なので、いいです」
 呉さんの方が私より精神的に大人だ。仕方ない。不本意ながら、私は『リンリン』になった。
「一階が食堂とリビング。お風呂とトイレは共用だよ」
 三次さんはそう言いながら、どんどん扉を開けていく。一応、全部見せてくれるみたいだ。リビングだけは扉がなく、廊下に直結していて、個人病院の待合室みたいだった。
「電話の使用は朝七時から夜十時までって決まっているから気をつけてね」
 玄関にピンクの公衆電話があったのは、寮に入った時に見ていた。
「電話って携帯は?」
 私がそう聞くと、古賀さんは気の毒そうな顔をした。
「見てない? ここって圏外」
「えええええっ!」
 慌ててカバンから取り出した携帯は、無情にも真実を明らかにしていた。
「本館は繋がるけど、直売所も無理だし。えーと、仕事はいつから?」
 古賀さんの質問に、呉さんが答える。
「二人とも明後日からです」
 それを聞いた三好さんが提案するように言う。
「明日、マイちゃんが電波拾いに行くって言ってたから、一緒に行ってきたら?」
「電波拾いって?」
 聞き慣れない単語に質問した私に向かって、二人はにやりと笑った。
「明日のお楽しみ」
 確実に語尾にハートマークが付いていた。
 
 
 夕方になると、ホテルの社員食堂で作られたという夕食が大きな鍋に入ってやってきた。今日はカレーだ。
 『ユッキー』こと三好雪奈さんが言うには『水曜日はカレーの日』らしい。彼女は手際よく皿を並べている。十九歳とは思えない風格があるとは、口が裂けても言えない。
 『ちなっちゃん』こと古賀千夏さんはサラダを盛り付けている。人参が入っていない皿とかブロッコリーが入ってない皿とかを鮮やかに作り出している、気配りの人だ。年はユッキーより十歳上の二十九歳。
 『ルンルン』になった呉霞潤さんはグラスを並べていた。二十一歳だというけれど、綺麗な黒髪と仕草が何だか大人っぽい。
 そして、私、佐藤美鈴こと『リンリン』はフォークとスプーンを並べていた。二十四歳なのに、この中の誰よりも子供っぽい。無造作なボブヘアのせいなのか、精神年齢のせいなのかはあまり明らかにしたくない。
「ただいまー」
 玄関から声がしたので、ユッキーが迎えに行く。
「おかえり。かおりん、すずちゃん、新人さん来たよ」
 ちなっちゃんがルンルンと私を紹介してくれる。私たちは挨拶が何よりも大事だと、深々と頭を下げた。
 一番はじめに帰ってきたのは、『かおりん』こと菅原香織さんと、『すずちゃん』こと遠藤涼香さん。二人は高校の時の先輩後輩という関係らしい。かおりんは二十七歳。すずちゃんは二十五歳。かおりんは事務職をやっていたこともあるらしく、そういえば原さんと似た雰囲気をしている。一方のすずちゃんは人あたりの良さそうな顔をしてにこにこしている。ふわふわのくせっ毛が揺れていて女の子女の子している。
 玄関先でそのまま喋っていると、大きく扉が開いた。
「ただいま。あ、新しい人がいる」
「マイちゃん、おかえり。まどかサンは?」
 予備知識のないままに現れた赤い髪の人に私は目を丸くした。『マイちゃん』こと長谷川舞さんの第一印象は正直言うとちょっと怖い。ユッキーと同い年だという話に、世の中色んな人がいるなと心から思う。
「んー、金庫を吉木さんに預けたら帰るって言ってたよ。今日は結構暇だったから、すぐ帰ってくると思う」
 着替える為に二階へ行った三人が食堂に入る頃には、空はブルーグレイに染まっていた。丁度その頃、最後の人が帰ってきた。
「遅くなりました」
 『まどかサン』こと月城円さんは三十歳には見えない。どう見ても二十代だ。一番最後まで仕事をしていたのに疲れたようすもなく、クーラーのない寮でも涼しげな表情をしている。
 当分の間はこの八人で暮らすことになるそうだ。一気に入ってくる情報に頭がぐるぐるする。顔と名前が一致するには、まだまだ時間が必要だ。
 それにしても、ここでは年齢は全く関係がない。いや、あてにならないというか。本当はそこまで丁寧に言わないのかもしれない。一連の自己紹介は私にというより、ルンルンに向けられてたように思う。みんなも少し緊張しているのかもしれない。
 全員がカレーを手にして席に着くと、会議室にあるような長机の上に、あらゆる調味料が並べられていた。ソースや醤油までは何となく理解できるけど、ヨーグルトにマヨネーズ、ケチャップに納豆とくると、どう反応していいのか困る。正しい日本はルンルンに伝わるだろうか。
 とにかく、早くなじむことが必要だ。賑やかな食卓を囲みながら、私は決心を新たにしていた。
 
 
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