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  Xiang-ge-li-la!  第五話 流星群
 
 寮に入ってから一週間がたった。夕食後、私たちはもう長い間ここにいるかのように、だらだらとテレビを観ていた。不必要に緊迫した次回予告が終わると、私は大きく伸びをした。
「ああくるとは思わなかったね」
「えーでも、先週からあの二人怪しかったよ」
 一階にあるリビングには、応接室のお下がりのソファが三つとテレビが一つ置いてある。全員そろうと、街頭テレビに群がる人のようだった。このドラマを観ているのはマイちゃんとユッキーと私だけだったので、今はゆっくり座っている。
「次、何かある?」
「んー、特にないかな。あ、それ見せて」
 マイちゃんに言われて、私は中途半端に腰を上げ、手を伸ばして番組情報誌を渡した。
「ありがと」
 そのまま座ろうとしたけれど、脚の重さに気が付いた。軽く押さえると指の跡が付く。
「うっわー、脚がむくんでパンパン」
「そりゃ、立ち仕事だもの。もう少し経てば慣れるよ」
 ユッキーがスナック菓子の袋を開けながら言った。食べ切りサイズというよりは、ファミリーサイズに近い袋に、私は若干呆れながら聞く。
「ご飯、食べたばっかりじゃない?」
「明日の活力」
 これで太らないんだから羨ましい。小さくため息をついた私の後ろに、誰かが立った。顔だけ振り返って見ると、ちなっちゃんがそこにいた。
「今、お風呂に誰が入ってるか知ってる?」
 手にタオルを持ったちなっちゃんが私たちに聞く。残念ながら、テレビに釘付けだったので、誰かが入ったことは分かっていても、それが誰かは分からなかった。
 こうなったら推理するしかない。私はちなっちゃんに聞く。
「ちなっちゃん、二号室の電気はついていた?」
 マイちゃんと私はここにいる。もし、部屋の電気がついていなければまどかサンが入っている可能性がある。
「ああ、そういえばついてた。じゃあ、まどかサンは部屋にいるんだ」
「食堂にはだれがいた?」
 マイちゃんは、さっき牛乳を取りに食堂へ行ったユッキーに聞いた。
「かおりんとルンルン」
 ユッキーの言葉を聞くと、ちなっちゃんは額に手を当てて上を向いた。
「ってことは、入ってるのはすずちゃんかぁ」
「一時間は出てこないね」
 みんな、あきらめムードだ。もう少し何とかならないのかと言いたいところだけど、毎日注意するのも疲れる。待つのが嫌なら先に入ること。これは暗黙の了解になっていた。
 ちなっちゃんもそれ以上は何も言わず、私の隣に座った。
「そう言えば今日じゃない?」
 重い空気の中、話を変えたのはマイちゃんだ。
「何が?」
「流星群。新聞に載ってたんだ」
 それだけ言うとマイちゃんは足早に食堂へ向かった。
「ほら、やっぱり今日だった」
 嬉しそうに笑うマイちゃんと一緒に、かおりんとルンルンもリビングに来た。
 皆で新聞を覗き込むと、夜十一時頃から東の空に見えるとある。
「今、何時?」
「十時半だね」
 マイちゃんの問いにユッキーが答えた。二人とも目が輝いている。
「ここじゃ木が邪魔で見えないから無理だけど、バーベキューハウスの横にある広場だったら見えないかな?」
「電気、ないから大丈夫そうだよね。もともとこの辺りに光害なんて言葉はないけど」
「見たいなぁ」
 私もこの話に魅かれていた。普通の日だって、街よりも多く星が見られるのだから、流星群ともなれば絶対に綺麗に違いない。
「予備の懐中電灯、持ってくるよ」
 ユッキーは行動が早い。すぐに倉庫から懐中電灯をふたつ取ってきた。
「かおりんは、どうしますか?」
 何も言わないかおりんにルンルンが聞いた。
「私は残るよ。すずが驚くから」
 そういえば、今まですずちゃんが一人でいるのを見たことがない。みんな一人で来ているからちょっと異様に思えるけど、ちなっちゃんに聞いたところ毎年そういう人たちはいるらしい。二人ならまだマシだよと、ちなっちゃんは笑っていた。去年何があったのか聞くのが恐ろしくて、早々に話を切り上げたのは記憶に新しい。
「あ」
 靴を履いていて思い出した。まだ、部屋にまどかサンが残っている。
「まどかサン、呼んでくるね」
 どうして誰も言わなかったのだろう。不思議に思いつつ、二階に行こうとする私を、ユッキーが止めた。
「リンリン。呼ばなくても大丈夫だよ。彼女はこういうの興味ないから」
「あ。そうなの」
 かおりんとすずちゃんとは対照的に、まどかサンは仕事以外で誰かと一緒にいるのを見たことがない。ここは本当に色んな人がいるところだ。
 
 
 周辺に民家がないのだから、街灯なんてあるはずもなく、外は真っ暗だ。懐中電灯で夜道を照らしながら、ゆっくりと外広場に向かう。ユッキーとちなっちゃんが先を行き、マイちゃんとルンルンと私がもう一つの懐中電灯で後に続いた。慎重に歩いたせいか、ずいぶん遠く感じられた。
「ここは木が少ないから、普段でも星が綺麗に見えるんだよ」
 ちなっちゃんがそう言いながら、バーベキューハウスの脇に置いてあった折りたたみの椅子を持ってきた。
「勝手に使っても良いのですか?」
「きちんと片付けておけば大丈夫」
 ユッキーは椅子を二個持ってきて、器用に寝る体勢を作った。
「そうか、そうすると首が疲れないんだ」
 それぞれが自分の位置を決めていく。
「方角は?」
「違っていたら、向きなおすだけだよ。流星群なんだから、ひとつで終わらないでしょ」
 ちなっちゃんにマイちゃんがけらけらと笑いながら答えた。確かにそうだと、ちなっちゃんも笑った。
 いつもは人でごったがえしている広場に、椅子が一列にずらりと並ぶ。何だかプラネタリウムみたいだ。星は見えるけど、まだ動いてはいない。不規則に並んでいるように見える点を見ながら、星座を覚えていたらもっと面白いだろうなと思う。
「あ! 流れた!」
 暗闇にきらりと光るものを見つけて私は叫んだ。間違いない、動いている。
「どこどこどこ?」
 マイちゃんが座っている椅子ごと隣に移動してきた。
「ほら、あそこ」
「えーと、回ってるけど」
 マイちゃんの言葉に弾けるようにみんなが笑った。私は赤面しながら、顔が見えなくて良かったと思った。
「あれ、多分衛星だよ」
「もう、リンリンってば面白いんだから」
 笑い終わると誰ともなく黙って、しばらく真っ暗な空を見ていた。このままだと寝てしまいそうだと思ったときにルンルンが言った。
「明日、新しい人が入ってくるそうですね」
「最後の人だね」
「これで九人揃うのか」
「そろそろ仕事も忙しくなるね」
「そういえば、ユッキーが初めて来たときにさー」
 他愛もない話がそのまま続くと思ったとき、ちなっちゃんが私を呼んだ。
「リンリン、今度こそ本物だよ」
「どこ?」
「あそこ」
 ちらっと光るものが見えた。周りには明かりはない。いつの間にか懐中電灯も消されていた。
 降るようではないけれど、少しずつ星は流れていく。これだけ多くの流れ星を見るのは生まれて初めてだ。最初は数を数えていたけれど、だんだん、どうでもよくなってしまった。
「すごいね」
 風は静かに流れていて、木々も微かに葉を動かすだけだ。ささやかで静かな時間がそこにはあった。
 私は邪魔をしないように小さな声で言う。 
「これだけあれば、願い事も叶うかな」
「ひとつだけずっと言っていれば、どれかに引っかかるんじゃない?」
 隣のマイちゃんも小さな声で答えた。
 願い事をひとつだけ。
「ひとつだけって言われると思いつかないね」
 私はそう言って笑うと、ずっと夜空を眺めていた。
 
 
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