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  Xiang-ge-li-la!  第七話 積乱雲
 
 次の日の朝、直売所には原さんがいた。朝礼前に、ユウちゃんと私は休憩室に呼ばれた。
「おはようございます」
 挨拶をして中に入ると、原さんと吉木さんが面接のような形で座っていた。
「どうぞ」
 原さんが椅子をすすめてくれる。ユウちゃんと私が椅子に座わると話が始まった。
「昨日はお疲れ様でした」
「仲谷さんの具合、いかがですか?」
「今朝、連絡がありましたよ。念のため、しばらくは病院通いになるから、腰もしっかり診てもらいますと言われていました」
 原さんは静かに微笑んだ後、仕事の顔にもどった。
「ただ、仕事には戻れそうにないそうです。怪我をしたのが右足……きき足だったこともありますしね。それで吉木さんとも話したのですが、どちらか一人、畑に入って頂けませんか?」
 急な申し出にユウちゃんと顔を見合す。確かに、今のところ担当がきちんと決まっていないのは私たちだけだ。
「心当たりに声はかけたのですが、今の時期ではすぐには見つからなくて」
 吉木さんが申し訳なさそうに言った。
「あのっ」
 ユウちゃんがいきなり立ち上がった。パイプ椅子がぐらぐら揺れるのを私は慌ててとめる。
「私、高いところ苦手なんですぅ」
 語尾はかすれるくらい小さい声だった。
「佐藤さんは?」
「私は平気です」
 正直、仕方ないな、と思った。目の前で人が倒れるところを見た翌日なので、私だって出来れば遠慮したいが、この状況ではそうもいかなそうだ。
「お願いできますか?」
「はい」
 原さんの言葉に、私は頷いた。畑仕事なんてやったことがない。不安はあったけれど、困り顔の二人を前にしては断ることができなかった。
 
 
 畑仕事は想像以上に体力勝負だった。慣れた手つきで仕事をこなす地元のパートさんに囲まれて、私はただ必死になることしか出来なかった。
「佐藤さん、次はこの木をお願い」
「分かりました」
 桃は収穫後に追熟させるので、収穫の時はまだ硬い。枝を支えると、実を持って一気に引っ張る。この動きのせいで腕は一日で筋肉痛になった。きっと普段は使わない筋肉を使っているんだろう。
 昼になると着ているTシャツは汗で重くなっていた。
 地面に沈み込むように大きな脚立を立てる。まだまだ終わりそうにない収穫作業を続けていると、バーベキューハウスの人たちが帰るのが見えた。
 もう帰れるんだ。ちょっと羨ましいな。まだ空は夕焼に染まりきっていない。
 日が暮れるまで収穫は続く。その日の収穫が終わると撰果だ。撰果機がほとんどやってくれると思っていたけれど、実際は人の手のかかるところが大分ある。
 箱につめるのは当然人の手だし、傷めてはいけないから緊張もする。
 その小さな箱も沢山重なれば、とてつもなく重い。一日の作業が終わると真っ暗になっているので、寮まで車で送ってもらうことが増えた。
 今日は吉木さんがお休みだったので、尾上さんが送ってくれることになった。
「ご飯食べていきなよ」
 ご家族の食卓に混ぜてもらうのも今日で三度目だ。食べ終わって外に出ると、ちょっと寒かった。今度は寮まで送ってもらう。尾上さんも疲れているだろうに、ずっと笑いながら話をしてくれた。
「ありがとうございました」
 私は寮の前で車を見送ると、玄関を開ける。直接部屋に入ろうと階段を上ると、食堂からかおりんが出てきた。
「リンリン、ご飯は?」
「いらない。尾上さん家でご馳走になってきたから」
「お風呂開いてるよ」
「ありがとう」
 日焼けした肌はお風呂に入る度に沁みる。上がるとそのまま部屋に戻った。
 もう、これ以上は動けない。私はばったりとベッドに倒れこみ、そのまま朝になるまで寝てしまった。
 
 
 夏の太陽は朝から容赦なく照り付けていた。今日も忙しい日になるだろう。そう思うだけでうんざりする。
 良く寝たはずなのに、すっきりしない身体を重力と戦いながら起こす。部屋にはマイちゃんがいて、マスカラを扇風機で乾かしていた。
「リンリン、そろそろ急いだほうがいいよ」
「九時出勤になったから、大丈夫。その代わり今日も七時か八時まで帰らないけど」
「そうか、大変だね」
「平気」
 本当は平気じゃない。身体は鉛のように重かったし、頭は除夜の鐘が鳴り響くような痛みを持っていた。たまに話しかけられても、何だか話す気になれない。それが、ユウちゃんだったりすると、尚更だった。
 二階の廊下で彼女に呼び止められた私は、明らかに不機嫌だったと思う。
「あの、リンリン。私が高所恐怖症でごめんね。他に何か出来ること、ある?」
「ないと思う」
 八つ当たりなのは分かっている。自分が醜くて嫌になった。ユウちゃんにだって良いところはあるはずだ。一方的に嫌うなんてよくない。
 バーベキューハウス勤務予定だった彼女は、畑仕事で抜けた私の代わりに直売所に勤務している。そのことがますます私を苛立たせていた。どうして小さなトラブルでまどかサンを走らせるんだ。上手くいかないと言っては抜け出し、すずちゃんに泣き言を言っているんだ。
 それを聞くすずちゃんもすずちゃんだ。今まではかおりんの影に隠れていたくせに、急に守る存在が出来て態度が大きくなっている。一人ひとりは良い人かもしれないけれど、二人揃うと質が悪い。堂々とさぼっているのが、木の上にいると度々見えてくる。
 でも、私に実害はないんだから、ちなっちゃんやまどかサンが何も言わないのなら仕方ない。それにしても、一人増えてるのに、倉庫へと忙しそうに走るマイちゃんとかおりんが気の毒に思えてくる。鉄板を洗っているのが、ちなっちゃんとユッキーだけだと、怒りがこみ上げてきた。
 私は揺れ動いていた。何度も何度も、優しく話しかけようとしては、失敗を繰り返した。最後には自分のわざとらしさに吐き気さえしてくる。
 悩んだ結果、私は出来るだけ二人のことを避けるようにした。それは同時に寮で孤立することになったけれど、気にしないことにした。疲れているといっては一人になり、明日が忙しいといっては一人になる。私はみんなとは違う仕事をしている。外での仕事は建物の中にいるのと違ってとても疲れるんだ。次第にそれが免罪符になりつつあった。
 とても暑かった日の夜。ちなっちゃんがファミリーサイズの花火を見せながら、部屋にいた私を呼んだ。
「リンリン、今からみんなで花火するんだけど来ない?」
 元気だな、と思う。みんなってことは、まどかサンもいるんだ、珍しいな。だけど、重い腰は上がらない。
「うーん、明日も忙しいからパスしてもいい? 私はいいから、みんなで楽しんで来てよ」
 自分が思うより上手く笑えていなかったんだろうか。ちなっちゃんは哀しそうな表情をしながら、扉を閉めた。
「じゃあ、気が向いたら来てね」
 とにかく、静かなうちに寝てしまおう。布団を被って暫くすると、夜風に乗ってユウちゃんの笑い声が耳に届いた。行かなくて良かったと思いながら、私はさらにベッドの中に沈んでいった。
 
 
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