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Xiang-ge-li-la! 第八話 雨模様 |
朝から灰色の雲が空を覆っていた。 「こりゃ、昼から降るね」 「雨合羽を用意してくるから、ちょっと早いけど休憩してきて」 尾上さんに言われて私は辺りを見渡した。倉庫は集荷を待っている箱でいっぱいだ。作業スペースもなければ、休憩場所もない。私は休憩室に行くことにした。 久しぶりに誰かに会えると思って私は期待していた私は、扉を開けた瞬間にがっかりした。そこにいたのはすずちゃんだったから。彼女の表情からも落胆が見えたが、お互い様だ。 気が進まないけれど、このまま立ち去るのも不自然だ。休憩室に入ることにした私の後ろから、ユウちゃんの声がした。 「今、休憩?」 「うん。そろそろ終わるけどね」 二人は私を挟みながら会話を始めた。ユウちゃんは倉庫に行く途中に通りがかったんだろう。記入済みの伝票を持ったまま話を続けるユウちゃんと、注意しないすずちゃんを私はいらいらしながら、見ないことにした。 「あのね、今度の休み、一緒に遊びに行こうって言ってたけど駄目になっちゃった」 「え? どうして?」 「その日、忙しいらしくて、明日が代休になったの」 「えー、がっかりー」 「次の休みに映画に行くっていうのは、どう?」 まだ続くのか、この話は。ああ、もう我慢の限界だ。冷静に冷静にと自分をなだめながら、私は声にする。 「それ、今しないといけない話?」 直売所から電話のコール音が聞こえた。それだけ、休憩室は静まり返っていた。 「ごめんなさい」 沈黙の後、それだけ言うと泣きそうな顔をしてユウちゃんは倉庫へと走っていった。 「何で、ユウにあれだけあたるの」 目を三角にしたすずちゃんが私の方を向いた。出来る限り、穏やかに言ったつもりだったので、反論させてもらう。 「仕事中にする注意としては当たり前だと思うけど」 「言い方ってもんがあるでしょう。どうして楽しく出来ないわけ?」 すずちゃんが立ち上がった反動で椅子が大きな音をたてて倒れた。だけど、売り言葉に買い言葉。もう止まらない。 「楽しくしたいなら最初から遊びにくればいいじゃない。お客さんとしてなら大歓迎するよ」 「何それ。いつも上から見下ろしているような態度でさ。どれだけ偉いの。仕事だけならともかく、寮でだって一人で住んでいるみたいな顔して。昨日だって、ちなっちゃんがリンリンを心配して、企画した花火を断っちゃうし。共同生活なのにいつもイライラした人がいると、息が詰まりそうになる」 一気にまくし立てると、すずちゃんはそのまま泣き出した。え、言いたいだけ言って泣いちゃうの? と思いながら、ようやく昨日のちなっちゃんの表情の訳が分かって呆然とする。あれは、そういう意味だったのか。殻に閉じこもってしまった私が輪に戻るための花火大会。 私はそれを、笑顔で断ってしまった。 その時、静かになった部屋にノックの音が響いた。コンコンと二回。 「お疲れさま」 休憩室に入ってくるかおりんを見て、すずちゃんは助けを求めるように駆け寄った。だけど、かおりんは短く休憩時間が終わったことを告げただけだった。 「ちなっちゃんから内線があったよ。気分でも悪いの? って」 その言葉に守ってくれないことを察したのか、涙を拭いながらすずちゃんは走り去っていった。 かおりんはそのまま休憩室に入ってきた。弁当を広げると何事もなかったように食べ始めた。私もとりあえず手にしていたパンを飲み込んだけれど、沈黙が重苦しかった。気がつくと、私は言い訳をするように言葉を搾り出していた。 「私は間違ってない。すずちゃんがかばったりせずに、ユウちゃんがもっとしっかりしてくれれば」 「くれれば?」 かおりんは箸を置いて、次の言葉を促がした。 「……こんなに嫌わずにすむのに」 握りしめた手の中で、中身を失くしたパンの袋がくしゃりと音を立てた。 「ユウちゃんのことは良く分からないけどね。リンリンが仕事を重視するのは間違ってない。仕事をしに来てるんだから。同じように、すずが寮を重視するのも間違ってない。みんなで生活しているんだから」 かおりんが私を否定しなかったのは意外だった。よく見てるんだなと冷静に思ってしまい、言葉を失った。 雲が多くなってきたのか、部屋の中が暗くなってきた。かおりんが電気をつけると、壁が白く浮き上がる。心にも少し光をあてれば良かったんだろうか。そうしたら、こんなことにはならなかったんだろうか。どんな原因があるにしろ、これだけこじらせたのは自分のせいだ。言い訳はやめよう。 「悪いのは、私だね」 「誰も悪くないと思うよ。今までの環境が違うんだから、価値観も違って当たり前だからね」 時計を見ると休憩時間が終わりに近いことを示していた。かおりんは誰も悪くないと言っていたけど、私はどうしようもない罪悪感に支配されながら畑へと戻った。 予想どおり昼からは雨になった。花柄の雨合羽は上下に分かれている。これを着ると、誰が誰だか分からない。いっそ、このまま紛れてしまいたいと思う。 「農家の人って雨の日は休むのだと思っていました」 そんな間抜けな言葉にパートさんたちはけらけらと笑う。 「自然は待ってはくれないからね」 私は知らないことが多すぎる。 雨合羽を着ての作業はいつもより動きにくい。皺と皺の間に溜まる雨粒を払いながら木の枝に腕を伸ばす。上を向くと雨が目の中に入ってくるし、ひとつひとつの作業がもどかしかった。 勿論、動きが遅いのはそれだけではないのも分かっている。すずちゃんの言葉が、この雨雲以上に重くのしかかっていた。 何度も頭を振って集中しようと試みるけれど、上手くはいかない。黙って作業が出来るのが有り難かった。 太陽の動きが分からないので、時間も分からない。一度休憩したから、三時は過ぎているはずだけど。 「佐藤さん、遅くなったから止めよう」 尾上さんが声をかけてくれて、ようやく夕方だということに気づいた。 「この木だけ終わらせてから上がります。大丈夫ですよ」 まだ、帰りたくなかった。だけど、他に私が行く場所はなかった。紛れもなく、一葉寮は私の家なのだ。その事実が心を締め付ける。 雨粒は直接当たらなくても、とても冷たかった。 |
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