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  Xiang-ge-li-la!  第十話 濃暗闇
 
 辺りが次第に暗くなってきた。今日、一番早く帰ってきたのはマイちゃんだった。
「ただいまー」
「おかえり。今日はありがとう」
 マイちゃんは私の顔を見て、ぱっと表情を明るくした。
「リンリン、起きてても大丈夫?」
「うん。ずっと寝ていたからもう平気」
 マイちゃんの向こうですずちゃんが、すっと部屋に入るのが見えた。自分が悪かったのは認めるけれど、呼び止めて謝ることも出来なくて、私はそのまま話を続けた。
「もう外が暗いね」
「まだ六時過ぎなのにね。また曇ってきたせいかな」
 窓は開けていたけれど、湿気が多くて蒸し暑い。
「お風呂、沸いてるよ」
「ありがとう」
 みんながどんどん帰ってきて、廊下は出勤前とは違って整然としない混雑を見せる。それぞれ目的の方向に人を避けながら進んでいると、突然、三号室の扉が大きな音をたてて開き、すずちゃんが飛び出してきた。
「ユウ、知らない?」
 その切羽詰まった様子に、動き回っていた全員が一瞬止まった。
「え?」
「いないの?」
「今日、代休だったはずなんだけど」
 一足遅れて帰ってきたまどかサンは、階段の途中で話を聞くと、一階に戻っていった。
「一階にはいないわ」
 階段の下からまどかサンの声が聞こえた。ちなっちゃんは一号室を、私は二号室を空けて、もう一度確認する。がらんとした部屋には誰もいない。
「どうして、そんなに慌てているのですか?」
 すずちゃんの様子に、ルンルンは不思議そうに聞いた。確かに、急に出かけることもあるだろう。
「これ」
 すずちゃんが差し出した紙はノートの切れ端で、水色の字が小さくまとまっていた。
『ごめんなさい。帰ります。荷物はいつでもいいので送ってください。優花』
 三号室の入り口には着払い伝票を張ったダンボールが二つ置いてあった。それを見たユッキーは足早に階段を下りると、外に走って行った。
「ユッキー! 遠くまで行ったら危ないよ。皆で探しに行こう!」
 小さくなるユッキーの後姿に向かって、ちなっちゃんが窓から叫ぶ。
「すぐ、戻ってくるよ!」
 その声が遠くに聞こえて、いったん廊下は静かになった。
「どうして?」
 すずちゃんは私に詰め寄ると甲高い声で叫んだ。
「ここにいたんでしょう! 何で気が付かなかったの! 原因はもしかしたら」
 あまりの迫力に言葉を失うと、間にかおりんが入ってきた。
「すず。何が起きたのか分からないのはみんな同じだよ。原因なんて、まだ分からない」
 はっきりと言ったかおりんを見て、すずちゃんは泣き崩れた。
「何か言ってなかったか覚えてない?」
 泣いているすずちゃんにちなっちゃんが優しく聞いた。
「分からないよぉ」
 廊下に座り込んで、首を横に何度も振っているすずちゃんから目を離し、私たちはそれぞれの顔を見る。何か、手がかりはないだろうか。
「そういえば、昼にダンボールを取りに来ていましたね」
 荷物を見ていたルンルンがマイちゃんに同意を求めた。
「うん。その時はそんな風には見えなかったけど」
「使わなかった物を家に送ると言っていました」
 玄関が開いて、階段の下からユッキーの声がした。
「外には居なかったよ」
 息を切らしながら二階に駆け上がってくるユッキーの足音を聞いて、私はひとつ思い出した。
「あ」
 振り向いたみんなに、小さなことなんだけど、と前置きをして話し始める。
「夕方、足音を聞いた。気のせいかなとも思ったんだけど」
「何時頃?」
「えーと、四時頃かな」
「じゃあ、駅に行くバスは出た後だ」
 さすが、駅に遊びに行く回数の多いかおりんだ。時刻表はばっちり頭に入っている。
「タクシーは使わないですか?」
「誰か、見た?」
 ルンルンの問いを受けたちなっちゃんの言葉に、全員首を横に振る。
「大体、こんなところに二度もタクシーが通ったら、何事かと思って見るもんね」
 呼んでからここに来るまでに三十分はかかる。夕方なら、誰が帰って来てもおかしくない時間だ。そんな悠長なことをするだろうか。
「ユウちゃんの携帯は? 電波が届くところにいるかもしれないでしょう」
「かけてみる」
 まどかサンに言われてかおりんが公衆電話に向かった。すずちゃんの携帯のメモリーに入っている番号にかけてみる。
 廊下から階段まで一列に並ぶと、かおりんの様子をみんなでうかがった。
「ダメだ。繋がらない」
 残念そうに目を伏せると、かおりんは受話器を置いた。
「この辺りを歩いているのかな。だとしたら、電波は入らないよね?」
 私の言葉に、一斉に窓の外を見る。辺りはもう真っ暗だ。今日の雨で足元も悪い。すべって川に落ちたりしたら大変だ。
「とにかく捜そう」
「懐中電灯、あるだけ持ってくる」
 ちなっちゃんの言葉に、マイちゃんが一番早く反応して、倉庫に走っていった。
 
 
 マイちゃんを待っている間、みんなで一階の廊下に集まった。かおりんに支えられて、すずちゃんも何とか立ち上がっている。
「こういう時、車がないのはもどかしいね」
「でも、事務所に言うわけにはいかないでしょ」
 かおりんが腕組をしながら言うと、ユッキーが冷静に答えた。
「吉木さんならいいのではないですか?」
「携帯しらないし、社員寮に電話するわけにもいかないからね」
 少しでも手を増やしたほうがいいと言うルンルンには、ちなっちゃんが緩やかにその案が難しいことを説明した。
 公衆電話の前にいるみんなから少し離れた位置にまどかサンがいた。まどかさんは公衆電話を見つめて、何か考え込んでいるように見えた。
 もしかしたら、と思う。まどかサンは吉木さんの連絡先を知っているんじゃないだろうか。そういえば、仲谷さんが倒れたあの日、慌てる私にまどかサンは何て言った?
『リンリン、落ち着いて。吉木くんには伝えておくから』
 いつもとは違う信頼感を持った呼び方。確信はないけれど、私はまどかサンに近づいた。
「お願い。まどかサン」
 私はジャージのポケットに入れていた十円玉を出して、まどかサンに渡した。
 まどかサンは真っ直ぐ公衆電話に向かうと受話器を取った。手が番号を覚えているみたいだ。三回目のコールで相手が出たようだ。
「円です。疲れてるところごめんね、大輔」
 向こうの声は聞こえない。ちなっちゃん以外のみんなは、不思議そうにまどかサンを見ている。
「石井さんがまだ帰ってこないの」
 まどかサンは短い言葉で、現状を説明した。
「うん。そうかもしれない」
 途中でマイちゃんが倉庫から帰ってきた。不思議そうな目がもうひとつ加わる。
「時間的にそんなに遠くには行ってないみたいなんだけど。車、出してもらえない?」
 どうやら、良い返事のようだ。まどかサンの表情が明るくなった。
「あ、そうね。ありがとう」
 受話器を置いたまどかサンはみんなの視線を受け止めた。
「吉木さんが直売所のトランシーバーを持って来てくれるそうよ」
「ありがとう、まどかサン」
 私に頷くまどかサンを見て、ちなっちゃんが意外そうに聞いた。
「リンリン、知ってたの?」
「なんとなく。仲谷さんが怪我をした時に吉木くんって呼んでたから、前から知ってるのかなって思ったんだ」
 そう思って見てみると、二人は一緒にいることが多かった。まどかサンは髪をかきあげながら笑った。
「気を付けていたつもりだったけど、昔の癖がつい出ちゃったみたいね」
「ちなっちゃんは知ってたんだ」
「うん、三年前からね。今年は何だか二人とも距離を置きすぎてるみたいだったけど、仕事場が一緒だったらああなるのかなって思ってた」
 それで黙ってたんだ。やっぱり、ちなっちゃんは気配りの人だった。
 倉庫に行っていたマイちゃんが懐中電灯を手にして戻ってきた。両腕を寒そうに抱えている。
「結構冷えるよ。上着を着ておいたほうが良くない?」
 その通りだという話になり、列はそのまま二階へと流れていった。それぞれパーカーやカーディガンを羽織って出てくる。そうしている間に寮の外に車のライトが見えた。
 
 
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