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Xiang-ge-li-la! 第十一話 燈台守 |
まどかサンは一度車に駆け寄ると、トランシーバーを二台受け取って戻ってきた。私が受け取ろうと手を出すと、まどかサンは小さく首を横に振った。 「リンリンは留守番よ」 「えええー」 かなりの大声にまどかサンは思わず耳を塞いだ。 「そんな不満そうな顔をしないで」 後ろからちなっちゃんがまどかサンに助け舟を出す。 「ほら。ユウちゃんが帰ってきたときに玄関が閉まっていたら、困るからさ」 私はちなっちゃんの言葉に食い下がる。 「鍵はいつも通り郵便受けに入れておけばいいじゃない。こんな山奥誰もこないよ」 「そうじゃなくてー」 ちなっちゃんは頭を抱えた。風邪だからということは十分すぎるほど分かっていた。だけど、すずちゃんが言うように、原因が自分にあるかもしれないと思ったら、じっとなんてしていられなかった。 「ちなっちゃん、リンリンにそんな言い方じゃダメだよ」 ユッキーはそう言うと私の両肩に手を置いて、子供をしつけるような顔つきをした。 「リンリンは、また無茶をするから連れて行かない」 図星だったので、ぐっと押し黙ると念を押される。 「分かった?」 「……分かりました」 しぶしぶ頷く私の隣で同じような光景が繰り返されていた。こっちはかおりんとすずちゃんだ。 「すず、ちゃんと泣き止んで。行くんだよね?」 「行く」 その様子を見たルンルンが感心したように呟く。 「お母さんが沢山ですね」 「えぇと、こんな大きな子供を持った覚えはないけど」 ユッキーは頭をカリカリとかいた。 という訳で、トランシーバーはちなっちゃんとユッキーの手に渡された。二人は手早くトランシーバーの充電を確かめると、靴を履いた。 「川沿いを探してくるね」 ちなっちゃんがマイちゃんとルンルンと一緒に道を探りながら寮から離れていった。 「じゃあ、バス停の方を見てくるよ」 ユッキーとかおりんとすずちゃんも出発した。暗闇に浮かんだ懐中電灯は蛍の光のように見えた。 「留守番お願いね」 光を見送った後、まどかサンと吉木さんも車で探しに行った。 「気をつけてね」 がらんとした玄関に残された私は、それしか言えなかった。 みんなが行ってから小一時間はたっただろうか。テレビをつけていないのもあって、リビングでは時計がかっちかっちと音を響かせている。 何度、時計を見ても五分がなかなか過ぎていかない。待っているというのは案外ツライ。私は両膝を抱えた。 やっぱり、私のせいだろうか。昨日、あんなにきつく言わなければ良かった。自分の言葉がこんなに影響力があるなんて思わなかった。愚痴を言いたい気分になったけれど、愚痴を言う相手すらいない。ユウちゃんもこんな気持ちだったんだろうか。 「リンリン」 突然、声がしたので驚いて振り向くと、まどかサンが帰ってきていた。私は考え事に必死で、玄関が開いたことすら気が付かなかった。 まどかサンの陰に隠れるようにユウちゃんが顔を覗かせた。俯くユウちゃんにかける言葉はひとつしか思いつかない。 「おかえり」 ユウちゃんはまだ下を向いている。まどかサンはユウちゃんをソファに座らせると、玄関へ向かった。 「みんなを迎えに行ってくるわね」 まどかサンの姿を追って私は玄関へ走る。 「自分で帰るって言ったからもう大丈夫よ。後、よろしくね」 「みんながどこにいるか分かるの?」 トランシーバーは歩き組が持っている。どうやって連絡を取るのだろう? 「まぁ、車だからすぐ見つかるでしょ」 そうか、車のほうを見つけてもらえばいいんだ。玄関を開けると車のライトが暗闇に浮かび上がった。 「まどかサン」 眩しい光に、何もかも晒されそうな気がして、私は切羽詰った声でまどかサンを呼び止めた。まどかサンは一瞬驚いたようだったけれど、扉を持ったままの私の前に戻ってきてくれた。 「どうかした?」 「ユウちゃんが出て行ったのは、私のせいかもしれない」 「どうして?」 「私が言いすぎたから」 自分でも情けなくなるほど、弱弱しく私は言った。 「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。気になるのなら、全部話してみたらどう?」 「全部?」 「そう、良いことも悪いことも全部。ちゃんと向き合わないと、すれ違うだけでしょう」 まどかサンは励ますように私の両肩を叩くと、再び外へと出て行った。車の音がして、寮にはユウちゃんと私の二人が残された。 どうしよう。何て話しかけたらいいんだろうか。飲み物でも持ってこようかと思って、ユウちゃんがいつも何を飲んでいるか知らないことに気づいた。 「あったかいものでも飲む?」 すぐに動けるように立ったままでユウちゃんに聞いたら、ユウちゃんは下を向いたまま首を横にふった。私はため息を無理やり飲み込んだ。これじゃ、みんなが帰るまで着替えることもしないだろうな。下を向いたままだから、話のきっかけすらつかめない。 まどかサン、どうやって喋ったらいいのか分からないよ。私は途方に暮れて寮の天井を見上げる。いつもは賑やかな足音がする廊下は静まり返っている。窓の外を見ると、外は雲が邪魔をして星すらみえない。 みんな、心配しているだろうな。早く伝える方法はないだろうか。ふと、思いついて、私は二階へ駆け上がった。そして、すべての部屋と二階の廊下の電気をつける。次は一階に降りて、食堂とお風呂場とトイレの電気までつける。 近くにいたら見えるはずだ。なんだか分からなくても、一度は帰って来てくれるに違いない。 どうか、気づいてくれますように。私は真っ暗な空に向かって祈った。 ユウちゃんは何も言わずに同じ場所に座っていた。私は向かい側のソファにゆっくりと座った。とにかく、向き合おう。話はそれからだ。 同じ視線になってひとつ気がついた。ユウちゃんは言葉を探している。組んだままの両手は力が入ったり緩められたりしていた。何度も宙を彷徨う視線は、明るくなったり暗くなったりしている。 一生懸命話そうとして、それでも話せないみたいだ。気にならないと言ったら嘘になるけれど、ちゃんと戻ってきたわけだし、ユウちゃんが話したくないなら、別に問いただすこともないと思った。 そうと決まったら、早く言ってあげないと。苦しそうに言葉を探すユウちゃんに、私は今の気持ちを正直に言う。 「言いたくなかったら、無理して言わなくていいよ」 ユウちゃんはハッとして私の顔を見た。だけど、また視線が下に向く。膝の上で組んだ両手を見つめながらユウちゃんは口を開いた。 「あのね」 今度は目があう。私が小さく笑いかけてみると、ユウちゃんは比較的しっかりとした口調で話し出した。 「最初は普通に荷造りしてたんだ。使わなかった服とか本とかを箱に詰めてた」 ユウちゃんの後ろに人影が見えた。ちなっちゃんとマイちゃんとルンルンが廊下にいる。どうやらこっそり帰ってきたみたいだ。ユウちゃんは気づいていないようなので、私はそのまま話を聞いた。 「そしたらね、箱が余ったの。いつの間にか荷物全部詰めちゃってた」 普通にしていても、どこかに不安があったんだろう。全然、違う環境のところで大人数で暮らすなんて戸惑って当然だ。一番後に入ってきたユウちゃんの不安は計り知れない。そんなユウちゃんの気持ちに追い打ちかけたのは、私だ。私は頭を深く下げた。 「ごめんなさい」 「何で、リンリンが謝るの?」 ユウちゃんは私を責めるつもりではなかったようだ。それでも、私の気持ちはおさまらなかった。おろおろするユウちゃんに、取り合えず思いついた言葉を返す。 「何か色々」 駄目だ。気持ちが日本語になっていないし、もう少しで泣きそうだ。まだ熱が下がっていなかったんだろうか。そんな私にユウちゃんは笑いかけてくれる。 「ありがとう、リンリン。言わなくていいって言ってくれた時、本当に心配してくれたんだって嬉しかった」 ユウちゃんはすっきりとした表情で言った。そういえば、ユウちゃんときちんと向き合ったのは初めてだった。私はもう一度『何か色々』を言葉にしようとしたけれど、結局形にはならなかった。仕方ない。その代わり、この雰囲気は崩さないでおこうと心に決めて提案した。 「みんな、すぐに帰ってくるから、ご飯温めておこうか」 「うん」 廊下には誰もいない。ちなっちゃん達は足音がしないように玄関に戻っていったようだ。 二人で食堂に入り、夕飯の用意をする。大きなやかんでお茶を沸かす後ろで、かちゃかちゃと皿の音がする。 そこに不自然なほど元気な声がした。 「ただいまー」 ちなっちゃんだ。玄関に向かうと三人と目があった。目だけで笑いあう。ルンルンが強めに結んだ靴紐相手に苦戦しながら言う。 「リンリン、遠くまで明かりが見えましたよ」 「ああ、どうやって知らせようかなって思ったら、あれが一番早いかなって思いついて。よく見つかったって分かったね」 「同じ釜の飯を食べてる仲だもん」 マイちゃんは自慢げに言った。 その後すぐに、まどかサンがユッキーとかおりんとすずちゃんを連れて帰ってきた。すずちゃんはまた泣いていた。 全員が揃ったところで吉木さんにお礼を言って、車を見送った。 ユウちゃんが、ごめんねとありがとうを繰り返してこの騒動は終った。 みんなであったかいご飯を食べて、片付けて、風呂待ちしながらテレビを見る。そんな、いつもの生活が戻ってきていた。 |
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