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  Xiang-ge-li-la!  第十四話 白昼夢
 
 ルンルンが帰ってから二週間後、かおりんとすずちゃんが帰った。それから一週間後の今日、マイちゃんとユウちゃんが帰る。本来なら私も今日帰る予定だったけれど、畑仕事になったおかげで契約期間が延長になり、見送る側となってしまった。
 寮はがらんとしていて、廊下で誰かとぶつかることもなくなった。それが少しだけ寂しい。
 ちなっちゃんとまどかサンはすでに出勤している。私もそろそろ出る時間だ。二階にカバンを取りに行く前に、食堂に立ち寄ると、ユウちゃんがミルクティーを飲んでいた。
「ユウちゃん、元気でね」
「リンリン、ありがとう」
 ユウちゃんはぺこりと頭を下げた。食堂から出るところで視線を感じたので、振り返って手を振った。
 二階に上がると部屋の扉が開いていた。化粧をしているマイちゃんが見える。久しぶりに街に戻るせいかいつもに増して念入りだ。
 人影に気づいて手を止めたマイちゃんに両手で握手をした。
「お世話になりました。ありがとね」
「元気でね、リンリン」
 同室の人間が居なくなるのはやっぱり寂しい。
「車で二時間弱だから、また遊びに来るよ。リンリンは居残り希望しないの?」
「うーん、ホテルの売店だよね? 私はいいよ」
 通称居残りと呼ばれる雇用期間延長は年に一人が定員で、期間は二ヶ月程度。その後、契約社員になる人が多いと聞いたけど、私はそこまでここに固執していなかった。
「決め方が気に入らないんでしょ?」
 にやりと笑うマイちゃんに、私は目を丸くした。実はその通りだ。希望者が複数あった場合の決定方法は、売店従業員と事務所職員を合わせた人数での多数決。目に見える実力じゃないところが、どうも納得いかなかった。
「多数決なんて、リンリンは嫌いっぽいもん」
「あはは、当たり。それに、私は出来るだけ遠くに行きたかっただけだから、もういいんだ」
「遠くにきてどうだった?」
 どうだろう? 欲しかった答えは結局みつからなかったような気がする。だけど、もう遠くに行きたいとは思わなくなっていた。
「変わったような変わらなかったような」
 そうかもね、と言ってマイちゃんは鏡を閉じた。
「どこに行ったって自分が居るところってことには変わりがないんだから」
 どこに行ったって同じようなところしかない。初めて電波拾いに行った時に言っていたのは、こういうことだったんだ。
「でもね、リンリンは強くなってるよ。絶対。帰ったら分かるよ」
 またもや謎の言葉を残して、マイちゃんは去って行った。 
 
 
 バーベキューハウスの営業は終わり、外の椅子は綺麗に片付けられていた。
 今日から室内の掃除をすると朝礼で言っていたので、手が空いた私は手伝いをするために、バーベキューハウスにやってきた。
 あれだけ人でごったがえしていたのが嘘みたいだ。大きなテーブルがある室内をのぞくと人影がみえた。
 ガラス窓をこんこんと叩く。音に気づいたちなっちゃんがテーブルクロスをたたむ手をとめて、右手を振った。
 入り口にまわると重い扉を両手で開ける。
「手伝いに来たよ」
「リンリン、収穫は?」
「あと一日は置いたほうがいいんだって」
 白いテーブルクロスの端を持つとちなっちゃんの持っている端と合わせた。ビニールだから見た目よりかなり重い。
 足元のダンボールにはすでに小さくたたまれたテーブルクロスが詰められていた。
「ちなっちゃん、すごいね。こんなに綺麗に入っている」
「まぁ、二度目だから。前はまどかサンと一緒だったけどね」
「二人ともバーベキューハウスだったんだ」
「うん、慣れてるから今年は楽だったよ。まどかサンは初めての直売所で大変だったろうね。まぁ、畑仕事のリンリンが一番大変だったと思うけど」
「その節はご迷惑おかけしました」
「いえいえ」
 頭を下げると、ちなっちゃんが笑った。つられて私も笑う。こんな風に笑えるようになって良かった。
 一時間後、何とかテーブルクロスを全部たたむことができた。用意してあったダンボールは全部使ってしまった。でも、まだ片付けなくてはいけない小物が随分残っている。
「これでも多く持ってきたつもりだったのに」
 ちなちゃんは手についた埃を払いながら、口をへの字にした。
「箱なら直売所に沢山あるよ。取りに行こう」
 バーベキューハウスから直売所までの道沿いの桃の木はすでに収穫時期を終えている。
「私もあと一週間で終わりだなー」
「もうそんなになる?」
 確かに夏が終わるのは早い。朝は肌寒くなってきたし、日が沈むのも早くなってきた。
「ちなっちゃんは居残りするんだよね」
 ちなっちゃんはしっかりと頷いた。
「まどかサンも希望を出しているみたいだから、どうなるか分からないけどね」
「二人が残れたらいいのに」
 ちなっちゃんは小さな声で呟くように、そうだねと言った。
「あれ? ユッキー、今日は休みじゃなかったっけ?」
「うん。最終日まで休みがないからね。今日、荷物を片付けようと思ってダンボールを貰いに来たんだ」
 ダンボールは掃除用具入れの傍の通路に立てておいてあった。色々な大きさがあって、目的の数だけ揃えるには時間がかかった。
 通路から話声が聞こえた。まどかサンだ。誰と話しているんだろう。
「あ、絵梨ちゃんだ」
「知り合い?」
「契約社員の人だよ。彼女はまどかサンと仲が良かったから」
 二人はこちらに気が付かない。邪魔をすることもないので、さっさと使えそうなダンボールを物色する。
「楽しみだな。円ちゃんと来月からレジに立てるなんて」
「まだ分からないわよ」
「大丈夫。そのために今回は直売所を希望したんでしょう」
「まあね」
 そんなこと、まどかサンから聞いたことはない。最初から次の契約の事まで考えていたということなんだろうか。自分だけ有利な条件を作って?
「千夏ちゃんには負けないって。吉木くんと他人のふりまでして頑張るとは思わなかったけれど。私なら絶対無理だな」
「プライベートと仕事を分けることが出来るのをアピールするためとはいえ、我ながら頑張ったと思うわ」
「売店の人たちは出来っこないって言ってたけど、随分、見直したみたいよ。これで確実に票は集まったし、私たちの勝ちね」
 これは夢? それとも今までのが夢だったんだろうか。ちなっちゃんは青い顔で呆然と立ち尽くしている。
 私たちの後ろからとげとげしい声がした。
「それって酷くない?」
 完全に目がすわっているユッキーがそこにいた。その声にまどかサン達がはっとしてこちらを見る。ユッキーは体全体で怒りを表わしていた。握り拳は小刻みに震えている。
「私たちだけでなくて、ちなっちゃんまで騙していたってこと?」
「ユッキー、落ち着いて」
 なだめてもなだめても止まらない。正気に戻ったちなっちゃんの声にもユッキーは耳をかそうとしない。
 その日を境に寮から笑い声が消えた。弦の切れた楽器は不協和音しか奏でなくなった。
 
 
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