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  Xiang-ge-li-la!  第十五話 月光浴
 
 今日は天気が良くて、収穫もかなり進んだ。効率が全てじゃないと思うけど、やり遂げた感があると気分が違う。私は大きく伸びをした。
 明日はバイトの最終日。借りていたつなぎを返すため、出勤前に洗濯をして二階のベランダに干していた。薄汚れたサンダルを履くと、物干し竿を傾けて乾き具合をみる。大丈夫、良く乾いている。両手につなぎを抱えると、後ろで部屋の扉がバタンと閉まる音がした。
 その後、扉の内側から鍵が閉まる音を聞いた。相部屋だから、鍵はついていても使ったことはない。初めて聞いた音に、ちなっちゃんが入っていった一号室から視線を動かせないでいると、ユッキーが階段を上がってきた。
 ユッキーは私を見ると暗い表情で口を開いた。
「決まったらしいよ。まどかサンに」
 ああ、ついに決まってしまったんだ。選ばれなかったちなっちゃんの気持ちを考えると、かける言葉が見当たらなかった。
「一人にしておいてあげようか」
「そうだね」
 取りあえず、ユッキーと一緒に食堂に行くと四人分の食器を並べた。今は、一緒に食事することはなくなっていた。だけど、食器だけは並べる。一緒に食べたいと思っているから。
 窓の外を見ると、辺りが暗くなってきた。だけど、まどかサンは帰ってこない。
 事務所に行っていたとしても、そんなに時間がかかるものなんだろうか。私は何度目かの時計とのにらめっこの後、見てもいないニュースを流しているユッキーに話しかけた。
「まだ、帰ってこないね」
「お祝いでもしてるんじゃない?」
 ユッキーのまどかサンに対する評価は厳しすぎる。言葉のトゲは隠されないまま、ますます磨かれているようだ。まどかサンはそんな人ではないと思うけど、今、ユッキーと口論する気もない。
「直売所に行ってくるね」
 それだけ言うと、玄関で靴を履き始めた私の横に、ユッキーが並んだ。
「夜道は一人じゃ危ないよ。私も行く」
 懐中電灯を持って近道から直売所に向かった。直売所の電気は付いている。遠くからそれを確認すると、何となく裏口から入った。
 吉木さんは使わなくなったレジ下の備品を片付けていた。位置的に後ろから話しかける形になった。
「お疲れ様です」
「こんばんは。忘れ物ですか?」
 吉木さんは少し驚いた様子を見せた後、立ち上がって言った。私は軽く首を横に振ると、辺りを見渡した。
「まどかサン、いますか?」
「え? ずいぶん前に帰ったけど」
 吉木さんは余程驚いたらしく、いつもの敬語がなくなっていた。電気はレジの上にしかついていないし、人がいる気配もない。
「帰ってませんよ」
 ユッキーが腕組をしながら、そっけなく答えた。私は一応フォローをしておく。
「帰ってこないから、どうしたのかなと思って来たんです。ここに来る途中も、会っていません」
 その言葉を聞いた途端、吉木さんはポケットから車の鍵を取り出すと、慌てて裏口に向かった。
「心当たりがあるんですか?」
「多分。すみません、鍵を閉めておいて貰えますか?」
 ユッキーは吉木さんの前に立つと両手を広げた。
「嫌です。私たちも連れて行って下さい」
 ユッキーの気迫に負けた吉木さんが車を取りに行っている間、私は寮に電話をかけた。相手が名乗る前に話しかける。
「もしもし、ちなっちゃん」
『リンリン?』
 予想通り、泣いていたちなっちゃんに用件だけを伝える。
「まどかサンがいなくなったの。今から探しに行ってくるから、帰りが遅くなるって言おうと思って」
 沈黙の後、電話の向こうの声がはっきりと聞こえた。
『私も行きたい。ううん、行くから連れて行って』
 
 
 吉木さんの車で寮に向かうと、ちなっちゃんが帽子を深く被って寮の前に立っていた。車のドアを開けると軽く吉木さんに会釈して座席に座った。
 私はちなっちゃんの姿を見て、少し安心する。誰もいない間に、沢山泣いて、沢山考えたんだろう。今、まどかサンを心配しているちなっちゃんは、この騒動が起こる前のちなっちゃんだった。
 重苦しい沈黙を破って、ユッキーが思い切り喧嘩口調で吉木さんにくってかかる。
「どうして、何も言わない訳?」
 止めなよと小声で言っても、全く耳をかす気配がなかった。
「だって、何も知らないはずないじゃん」
「今、推測で話しても仕方ないよ。とにかく本人を捜そうよ」
 何とかユッキーをなだめると、私は運転席の吉木さんに聞いた。
「どこに行くんですか?」
 吉木さんは真っ暗な山道をどんどん進んでいく。その表情に余裕はなかった。
「前に石井さんがいなくなったことがあるよね。その時、石井さんを見つけた場所だよ」
「ユウちゃんのいた場所?」
 その話はユウちゃんからもまどかサンからも聞いていない。まどかサンは車で走っていたら見つかったと言っただけだった。
 何の変哲もない道路の脇に、車が止まった。
「円はこの先にいる。これだけ草が倒れているから間違いないよ」
 吉木さんが示す先には舗装されていない小さな道があった。吉木さんの脚が止まる。
「ここまで来て行かないの?」
 ちなっちゃんが、擦れるような声で言った。吉木さんは頷く。いや、うなだれると言ったほうが近いかもしれない。
「俺は行けないよ。毎日、家族よりも長い時間、円と一緒にいたのは君たちだ。俺も知らないことだらけなんだ」
「そんな責任転嫁みたいなの変じゃない。彼氏なら何か知ってて当たり前でしょう?」
 怒るユッキーとは反対に、私は何だか納得してしまった。
「何か、分かる」
 呟いた言葉に、ユッキーはおかしなものでも見るように振り返った。
「まどかサン、大切なことは隠すと思う。自分で何とかしようとして、自滅するタイプ」
「ああ、リンリンとは確かに同じ匂いがするね」
 納得したというように、ちなっちゃんが頷いた。自分でも分かっているけど、ズバリと言われるとちょっと傷つく。そんな私を見てユッキーは吹き出して笑った。
「まぁ、いてもいなくても同じか。私は言いたいことを言ってくるだけだから」
 とにかく、話は決まった。吉木さんを残して、私たちは獣道のような細い道を歩き続けた。
「ここがユウちゃんの見つかった場所?」
 ちなっちゃんも戸惑っている。ユッキーも私も同意見だった。雑木林が鬱蒼とした雰囲気を出している。こんなところ、どうやって見つけたのか分からない。車の中からだと、よっぽど良く見ていないと見逃してしまいそうな場所だ。
「草だらけだね」
 背の高い草が多くて、道の先が見えない。掻き分けながら進むけど、どこまで進んだらいいのかは検討もつかなかった。
「あの日は天気が悪かったから、もっと見えなっただろうね」
「足下も濡れていたよね、きっと」
 そんなこと、まどかサンは何も言わなかった。ただ、見つけたと言っただけだった。
 草に足をとられながら進むと、雑木林が少し途切れた。
「まどかサン……」
 石か切り株の上にまどかサンは座っていた。風になびいた長い髪が月明かりに照らされて光っている。
 草を踏む音に気づいたのだろう。まどかサンが振り向いた。戸惑う表情を見せたあと、立ち上がる。逃げてしまうと思った瞬間、私はまどかサンを呼び止めていた。
「まどかサン。どうしてこんなことになったのか、ちゃんと話してよ。ユウちゃんがいなくなった時、言ったよね。良いことも悪いことも、全部話さないと分からないんだよね」
 まどかサンは後ろを向いたまま、すとんと崩れ落ちるように座った。静かな声が辺りに響く。
「最初はね、必要以上に関わらなければいいと思っていた。どうしても残りたいのだから、みんなが敵で構わないって。でも、同じ家でみんなと暮らして、喧嘩したり笑ったりしているうちに、何度も揺れた」
 風が草を分けて道を作る。その道の先にいる人は、個人主義者でも、冷酷な仕事人間でもなく、ただの迷子だった。
「こんなに寮での生活が大切になるなんて想像もしていなかった。……ずっと、どうしようか考えていたわ。ちなっちゃんか私という二択が、売店と事務所の対立って形になってしまって後戻りは出来ないし、もう、大輔と離れて一人で帰るのは嫌だった。これしか方法がなかったの」
 独白のようなまどかサンの言葉に、ユッキーは首を何度も横に振った。
「そんなので納得なんかできない。絶対、ずるいよ」
 掴みかかろうとするユッキーを、私は抑えようとする。だけど、残念ながら力不足だ。振り切られそうになる瞬間、ちなっちゃんがユッキーの右腕を捕まえた。
「ずるいのは私も同じ。寮のことをやっていれば、得点高いよって事務所の人に言われたから始めたもん。どこかで変だと思いながらね。だんだん辛くなっていったのも、同じだったんだね」
 ユッキーが前に進むことを諦めると、ちなっちゃんは顔を隠していた帽子を左手で取った。そして真っ直ぐにまどかサンに向かって歩いていく。
「こんなに辛いのは、きっとそれだけ楽しかったからだよね」
 ちなっちゃんがまどかサンの前に立った。まどかサンはちなっちゃんの足下を見ていたけれど、ゆっくりと顔を上げた。
 まどかサンの頬から涙が流れていくのが見えた。まどかサンはちなっちゃんの両腕を掴んだ。それは何だかすがっているようにも見えて、ユッキーと私はそのまま立ち尽くした。
「ごめんね。ちなっちゃん」
「いいよ。もう」
 顔を上げたちなっちゃんはいつものちなっちゃんだった。
「もういいよ。これで終わりにしよう」
 まどかサンが声に出さず「いいの?」と聞くと、ちなっちゃんは大きく頷いた。今度はまどかサンもはっきりと言った。
「ありがとう」
 まどかサンとちなっちゃんが笑っている。久しぶりに見る光景だった。
 しばらくして、まどかサンはこちらに歩いてきた。
「嫌な思いをさせちゃってゴメンね」
 許す許さないの問題じゃないような気がして私は言葉を探す。
「私たちってね、どこか凄く似ているんだ。だから気が合う反面、凄く許せないこともある」
 すずちゃんとの喧嘩を思い出しながら、私は続けた。
「でもね。皆でいたから、ぐるりと手をつないでやって来れたと思うんだよね」
 そう、あのお見舞いの品を一葉寮だと思ったように。
 一葉寮はただの建物じゃない。あれこそが、この桃源郷の本体なんだ。閉ざされた世界で、ぐるりと円陣を組んでみんなでやってこれたんだ。
 だから、まどかサンが自分から離れないかぎり、桃源郷は消えたりしない。私はまどかサンに笑いかけた。
「どんな事情があっても、まどかサンは助けてくれた。ちなっちゃんは支えてくれた。それは、変わらないよ」
 まどかサンは微笑んでそれ以上何も言わなかった。
「リンリン、語るね〜」
 ユッキーは感心しているんだか、茶化しているんだか分からない口調で言った。だけど、久しぶりのユッキーの笑顔がそこにある。
 ユッキーはまどかサンがもう一度謝ろうとするのを止めた。
「ちなっちゃんがいいなら、私が言うことは何もないよ」
 もう、散々怒ったしね、と付け加えるユッキーを、ちなっちゃんと私は笑いながら見ていた。ユッキーは自分の言葉に笑うと、座ったままのまどかサンに右手を差し出した。
「帰ろう、まどかサン」
 
 
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