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七月の織姫 |
蒸し暑い昼下がり。元気な子供たちもお昼寝時間で眠っている。午後からのプールの時間に合わせて、わたしはバスタオルを広げた。 目に入ったのは風に揺れる笹。 暗号にしか見えない短冊の文字が、笹の葉の中で踊っているみたい。 そこに小さな影が重なった。影の主は年長組のしおりちゃんだ。 「しおりちゃん。起きちゃったの?」 しおりちゃんは頷いた。どうやらトイレのようだ。 一緒に行こうとすると、しおりちゃんがわたしを見上げた。 「せんせい、何してたの?」 「あ、人のお願い事を見てはダメね」 「ここにあったらだれでも見るよ。だから、みんな何になりたいって書くんだよ」 「え、でも何が欲しいっていうのもあったわよ」 あまりにそっけないので、つい反論してしまう。 しおりちゃんはふふんと誇らしげに笑って、謎を解いた。 「ケンくん、七月生まれだもん」 そう言えば、お誕生日会の準備の時に名前を見たっけ。知能犯か。 わたしたちが小さな頃は、ありえない願いを書いたような覚えがあるけど、今ってこれが当たり前なのかな。 「七夕はついでに叶えてくれるんだから」 「ついで?」 「彦星と織姫が会うのが七夕だもん。お願いごとなんてついでだよ」 「なるほど」 変に納得をしてしまう。彦星に会えるのが嬉しくて浮かれている七月の織姫に、夢のないことを頼んでも叶えてくれそうにない。 「ゆっくり見てていいよ。夢を見るための夢だもん」 意味を分かって言っているんだろうか。 お昼寝時間に戻る、なんとも哲学的な五歳児にわたしは手を振った。 さて、お許しも出たことだし、もう少し希望の世界に浸かっていようかな。 わたしはもう一度笹の前に立った。そういえば、しおりちゃんは何と書いたのかな? 揺れる葉の中にはっきりとした文字が浮かぶ。 『プリキュ○5にはいりたい』 かわいい。かわいすぎる。 その夢に溢れた願いに震える肩を必死で抑えた。 (了) |
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