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  八月の幽霊
 
 私の名前は柳谷文蔵。幕末生まれの私が苗字を名乗ることを許されたのは、死ぬ前の十日間だけだったが、ありがたい事に私の死後に建てられた柳谷家の墓は今でも毎年参られている。
 「ご先祖様」として後の子孫たちとごちゃまぜにはなっているものの、盆に帰るところがあるというのはいいものだ。
 ほら、今年も盆の迎えにやってきた。
 一昨年から新しい家を建てたので、家が遠くなったらしい。車とやらでやってくる。
 盆になって慌てて草引きするなんぞ、けしからんと言いたいところだが、小さな手が小菊を抱えて持ってくるのを見ると、微笑ましい光景だけに怒る気もどこかに行ってしまう。
 綺麗に掃き清められた墓から立ち上る線香の煙が入道雲へと吸い込まれていく。
 さて、それでは家に行こうか。車の扉が開けられ、里帰りをする子孫たちの列が出来上がった。
 お互い幽霊だから足はないが、気持ちだけは足早に前へと進んでいく。
 年に一度しか会わない子孫たちに、どうぞどうぞと言われながら、当然のように私は列の一番最後につく。
 まあ、ここは祖先の懐の深さを発揮するところだろう。
 列がなくなり、私が乗り込もうとした時、誰も触っていないというのに突然扉が閉まっていった!
 子孫たちの口が「あ」の形で固まっている。それから間もなく、ぶるるんと音をたてて車は去っていった。
 ……私の名前は柳谷文蔵。幕末生まれの私に籠以外の乗り物は受け付けない。
 ああ、もう少しでいいから、乗り込むまで待っていてはくれないか。
 そんな願いも空しく、今年も近所の子供たちが催す肝だめしに参加することになりそうだ。
 
                                                (了)
 
 
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