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  九月の朝顔
 
 先日から同僚の眞由美の様子がおかしかったので、残業のない水曜日、彼女の部屋に押しかけることにした。
 引越し直後とはいえ、人が住んでいるとは思えない整えられすぎた部屋。そのベランダに、この部屋には似合わない朝顔の鉢植えがあった。
「うわぁ、どうしたの? これ」
 見事な花を付けている花を前に盛り上がる私に眞由美はテンション低めで答える。
「先週、ジョギングしているときに貰ったの。よく咲いてるなと思って見てたら、若いお母さんが良かったらどうぞって」
 空色のプラスチックの鉢に収縮する支柱が立ててある。なんだか、懐かしい雰囲気が漂う鉢植えを私は覗き込んだ。
「これって、小学生が植えたのかな? 夏休みの観察日記とか良くやったよね」
「そう……七月は芽が出るか楽しみでね。八月は成長が早いから書くことが沢山あるしね。でも九月は?」
 眞由美の声が次第に冷たく凍る。そうか、不機嫌の原因はこの朝顔の鉢植えか。
 彼女は握りしめた拳を震わせながら、朝顔を睨みつけた。
「もう夏休みも終わってしまって、見向きもされない。何が腹が立つって、そんな九月の朝顔が私にはぴったりだということよ!」
 自分で言っていて哀しくなったんだろう。うっすらと涙を浮かべて彼女は新築のマンションのぴかぴかのフローリングに座りこんだ。
 お局といわれ続けて、何となく歪んでしまった心は小さなことで痛み出す。
 一生懸命生きていても誰も見てくれないんじゃないだろうか、と。私にだって覚えはある。
 悪態をつきながらも、眞由美は毎日手入れをしているんだろう。綺麗な花と鉢が全てを物語っている。
 私は玄関へと戻り、持ってきたお土産を出しながら明るく話しかける。
「ほらほら、そんなところで泣いてないで、ワインでも飲もうよ。冷えたの買って来たから。ね?」
「材料ないから野菜スティックぐらいしか、作れないわよ」
「健康的でいいじゃない」
 そういうと私はテーブルにワインを置いた。
 キッチンに立った眞由美が冷房を入れたのだろう。部屋の中が涼しくなっていく。
 二人でセロリや人参をかじっていると、夜空には控えめな星が輝いていた。付けっぱなしのテレビでは、猛暑日が終わるけれど残暑は続くと、気休めにもならないことを言っている。
「ラニーニャ現象って名前、あんまり緊迫感が感じられないよね」
「んー、てじなーにゃ?」
 眞由美はいい具合に酔いが回ってるみたいだ。机に右頬をつけてはいるけれど、グラスから手が離れることはない。
 予報を裏切らず、九月になってもまだまだ暑くて窓を開けられそうにない。確かにこれだけ暑い日が続けば、八月を過ぎても花は咲く。
「明日もいい天気になりそう」
「そーだね」
 眞由美は満足そうに月を眺めた。
 いいじゃないの、お互いのんびりいこうよ。元気な蔓がそう手招きする。
 きっと、明日の朝も綺麗な花が咲くことだろう。
 
                                                (了)
 
 
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