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十月の月見 |
いつまで続くかと思った残暑が去り、半袖を完全に片付けないうちにジャージが必要になった。 十月もあと一週間しかないから当たり前かと苦笑いしながら、押入れをあさっていると呼び出し鈴が鳴った。 古めかしいアパートの薄い扉を少し開けると、先月までバイト仲間だった秋元がそこにいた。 「よっ、元気か? 篠田」 「何の用だ」 相変わらずの人懐こい笑顔に厳しいひと言を投げかける。外は真っ暗だというのに連絡もなく来るほうが悪い。 だが、そんなことで怯む相手ではない。秋元はコンビニの袋を目の高さまで持ち上げると、白い歯を見せながらもう一度笑う。 「月見しようと思ってさ」 遠慮がないにも程がある。ずかずかと部屋に入り込もうとする秋元の前に俺は立ちはだかった。 先月もこの調子でバイト仲間六人、この部屋に入りこんだんだ。 今日は一人っぽいがそこまで仲が良かったわけでもないので、何とか追い払おうとする。 「おいおい、月見は先月しただろう? どれだけ団子好きなんだよ」 「だーかーら、今日、しなきゃダメじゃん。片見月は良くないんだぞ」 奴は小動物のようにちょこまかと動き、部屋に入ってきた。いつの間に靴を脱いだんだろうか。 「何だ、それ」 「十五夜が旧暦八月十五日。十三夜が旧暦九月十三日。両方、同じ場所で見ることが重要なんだよ」 「知るか、そんなこと」 大体、先月の月見だって、わざわざ集まったわけじゃない。 バイト先でいきなり解雇通知なんか渡されて、ムカついてとにかく騒ごうって話になっただけだ。 全員学生だからとあっさり切られたのもムカつくが、工場長の読み違いで雇いすぎたというのがもっとムカつく。 規約で後一ヶ月は働けたけれど、短気な秋元は次の日に辞めてしまった。 それからもバタバタと辞めていき、今、残っているのは俺だけだ。 秋元はちゃっかりと座り込むと、テーブルの上に袋を置いてごそごそとパックの団子を開け始めた。 「団子ってこれか?」 「みたらし、嫌いだったか?」 立ったままの俺に一本すすめながら、秋元が不安そうに聞く。 「一応、神様への供え物だろ? 串とか付いてていいのかよ」 「お前、細かいなぁ」 「あのなぁ。もともと、お前が細かいこと言って、月見してるんじゃないのか」 「串に問題があるなら、外せばいいだろ。箸で食うことになるけど」 「面倒くさいから、そのままでいい」 今から箸と皿を出すなんて面倒くさい。こうなったら、気のすむまで月見をしてもらって、早く帰ってもらおう。追い出すことを諦めて、俺は秋元の正面にどかりと座った。 「結構、冷えるな」 月見とか言ったくせに、秋元は窓をすぐに閉めてしまった。余計なツッコミは入れずに、俺は黙々とみたらし団子を食う。 「バイト、どう?」 団子を飲み込み、ペットボトルのお茶を飲みながら、秋元がぼそりと言った。 「どうって、お前ら辞めても残業がちょっとばかり増えたぐらいだぞ。本当に暇だったんだろうな」 「樽間に嫌味言われ続けてるって聞いたけど」 樽間というのは工場長の名前だ。かなり陰険な上、責任転嫁は超一流だったりする。 ああ、ようやく分かったぞ。こいつ、誰かに俺の様子を聞いて、気兼ねしてここに来たんだな。 俺が今まで辞めなかったのは、次を探さずにのんびりした年末を過ごすのもいいかなと思っただけだ。人には人の事情があると言うと無愛想すぎるし、お前のせいじゃないってのも違う気がする。ちょっと考えた後、俺は黒いローチェストの上を指差した。 「あれ、貰ったぞ」 そこには、バイト仲間の誰かがふざけて買ってきたダルマ落としが置いてある。 頭の後ろには黒い油性マジックで書いた樽間の似顔絵。別名『樽間落とし』。秋元たちは樽間にネチネチ言われた後、よくこれで憂さ晴らしをしていた。 「ぶはっ」 振り返って見覚えのある姿を確認した秋元は大笑いした。 寝転がって腹をよじり、涙が出るまでゲラゲラと笑い続ける。 「そういえば、ロッカーに置きっぱなしだったっけ」 「こんなの馬鹿馬鹿しいって思ってたけど、案外役に立ったぞ」 思わぬ再会をした樽間落としで散々遊び、満足した秋元は玄関に向かった。 「もう来るなよ」 「クリスマスに鍋パーティやろうって言ってるんだけど」 「予定が入ってる。絶対、来るな」 他に言い方もあるだろうに、こういう言い方しか出来ない俺に秋元はいつもの笑顔を見せた。 「それじゃあしょうがないな。じゃあ、お疲れ」 「おう、お疲れ」 反射的に手を挙げてしまって、苦笑いする。疲れたのは俺だけじゃないか。 俺の様子に全く気づかずに、秋元は道路に出てからも手を振り続けた。 部屋に戻り、間抜けに転がった樽間落としを指で弾きながら、俺は窓の外を見た。 あれはあれでいい仲間だったんだろうな。 声にしない呟きは、十三夜の月だけ知っていればいい。 (了) |
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