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  三月の準備
 
 四月の新生活に向けて、三月は準備の月。
 そんな時期に相応しく、狭い2LDKをダンボール箱が埋め尽くしている。俺は腕まくりをすると蟹歩きでリビングに入った。
 新婚当初、この部屋に入ったときは広いと思ったものだけど、数年でこのとおりだ。
「どうして今時、引越しやさんに全部頼まないのよ」
 妻の友美は朝から機嫌が悪い。辞令が出てから二週間、この言葉だけを繰り返している。
「荷物が多すぎて、会社から貰う金額におさまらなかったって、何度も説明しただろ?」
 見積もり書の合計金額のケタが、間違っていると思ったことは記憶に新しい。天井まで届くんじゃないかと思うような、ダンボールのタワーを見ると納得するしかなかった。
 タワーの中で友美が皿を新聞紙で包みながら、俺を睨む。
「誰の荷物よ」
 それを言われると、弱い。収集癖がある上に捨てられない性格のせいで、物は溜まる一方だ。
「俺の荷物。だから責任もってダンボール箱集めたんだろ?」
「ええ、そうでしたね。鰹節くさいのとか仕切りが固定されているのとか、使えないのが多かったから良く覚えてますよ」
 さいですか。仕事が終わって、スーパーをハシゴして、その結果がこれですか。
 言いたいことは沢山あるけれど、こうなると手がつけられないのも経験上分かっている。
 黙っていると、友美はひときわ重い箱を指差しながら、眉間に皺を寄せる。
「とにかく、この漫画を何とかしてちょうだい」
 この勢いで捨てられては困る。さすがに俺も反論する。
「厳選した結果がこうなんだから、仕方ないだろ?」
「こんな重い漫画なんて古本屋に持って行って、文庫になってるの買ってくればいいじゃない。中身は同じでしょ」
「馬鹿言うな。これは愛蔵版だぞ。文庫版だと魅力まで小さくなっちまう」
 そりゃ、持ち運びの点では楽かもしれない。でも、ここはこだわりたい。
「もう、訳分かんない!」
 俺の主張に対して、友美は髪を振り乱しながら叫んだ。
 
 
 この状況をどうしたものかと考えていると、玄関のチャイムがなった。
「宅配でーす」
「? はい」
 何かを頼んだ覚えはない。実家にも引っ越すことは言っている。どこから何が届いたのだろう?
「重いですよ」
「ああ、じゃあそこに置いてください」
 不思議に思いながら、とりあえず荷物を玄関に置いてもらい、サインをした。
 送り先は聞き覚えのあるテレホンショッピングの会社名。宛て先は友美の名前になっている。
 大きめのダンボール箱はちょっと触ったくらいじゃ動かないほど重い。
「何を頼んだんだ?」
 さっきまでの勢いはどこに行ったのか、友美はもごもごと言う。
「運動器具。次の部屋、ここより広いから」
「向こうに行ってからでもいいじゃないか」
「台数限定特価だったの」
 ばつの悪そうな友美。そりゃそうだ、あれだけ人を責めていた矢先の出来事なんだから。俺はにやりと笑うと、勝利を確信した。
「これでおあいこだな」
 友美はこくりと頷いた。これで、俺のコレクションは確実に守られたわけだ。
「じゃあ、早く終わらせるか」
 箱詰めした思い出をもう一度開く時、新しい生活が始まる。
 変わる生活と変わらない俺たち。これからもこうやってふたりで暮らしていくのだろう。

                                            (了)
 
 
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