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  四月の迷子
 
 まだ肌寒いのに、カレンダーに後押しされて、こたつ布団が押入れの一番上の段に帰っていった。
 部屋は広くなった気がするけど、何だかもの足りない。
 ごろごろと寝ることもできなくて、ぼーっとテレビを見ているだけの日曜日。
「お花見に行こうか」
 青い空を見ながら、お父さんが言った。
「桜はもう終わったんじゃない?」
 今日は別にどこにも遊びに行かないからいいんだけど、毛虫の落ちてくるような葉桜の下には行きたくない。
「染井吉野は終わりかもしれないけど、八重桜ならまだ大丈夫よ」
 キッチンで話を聞きつけたお母さんが答えた。
 このまま一日が終わるのはもったいない。わたしはテレビの電源を切る。
「それなら、行く」


 家族でドライブなんてどれくらいぶりだろう。
 中学生になって友達と遊ぶのが忙しかったから、後部座席に座るのも久しぶりな気がする。
 絵の具で塗ったような青い空に、春らしいほわほわの白い雲が流れていく。
 電線にとまっているスズメも眠たそうにしている昼下がり。少し眠くなったわたしは目をつぶった。
 山道を登り、左右に揺れる車はゆりかごみたいに揺れる。
『目的地付近です。案内を終了します』
 感情のないナビの声に目が覚めた。着いたのは畑のど真ん中。
「ここだよな……」
 不安そうなお父さんの声。
「どうしたの?」
「桜が見つからないの」
運転席を覗き込むと、ナビとにらめっこしていたお母さんが助手席から答えた。
「桜並木とまではいかなくても、何本かあるはずなんだけど……見えないわね」
「もう少し走ってみようか」
 薄情者のナビを黙らせて、お父さんは車を走らせる。
 細い道を上り、山沿いを走り続けても八重桜は見つからない。完全な迷子だ。
 諦めかけたその時、お父さんが勢いをつけて前を指差した。
「あっ、あそこ!」
 立派な桜の木。影になっているせいか、種類が違うのか、まだ散り始めたばかりみたい。
 木自体には文句のつけようもないけど、気になることがひとつあった。
「お父さん。あれ、人の家」
 あれじゃあ、弁当を広げるわけにもいかない。
 名残惜しそうにゆっくり車を進めるお父さんにお母さんが言った。
「でも、綺麗ね」
「少し見させて貰うか」
 のどかな昼下がり、他に車は通っていない。お父さんは車を道の脇に止めた。
 みんな黙って桜を見上げた。ハザードランプの音だけがやけに響いている。
 車の窓を開けると、小さなピンクの破片が春風と共に舞い込んできた。
 探し求めない幸せっていうのもあるかもしれない。
 迷子のお陰で出会えた咲き誇る桜を見上げながら、わたしはぼんやりとそう思った。

                                            (了)
 
 
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