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  五月の子供

 夏休みは長すぎる。春休みは新学期の準備に追われる。冬休みは帰省ラッシュにうんざりする。そして、ゴールデンウィーク。どこに行っても人だらけ。だけど、長い休みに家族サービスをしようという旦那に冷たい言葉はかけられない。次回のお出かけがなくなるから。
 ゴールデンウィークも残り一日。今、高速道路は高速という名前が空しいほどの渋滞中。
「こらっ、少しは大人しくしてなさい」
 後部座席で三人の子供たちが騒いでいるので、私は何度目かの注意をした。チャイルドシートに座ったままはしゃぐ体力を、少しで良いから分けて欲しい。
 運転席の旦那は、タバコをくわえながらラジオの渋滞情報を聞いている。
「駄目だな」
 彼はいつまでも変わらない情報に眉間に皺を寄せながら呟いた。
 タバコの火を消して、しばらく見えるわけのない渋滞の向こう側を見ようとする。それから、何かふっきれた様に話し出した。
「山道を通ろう。確か、途中で温泉があったから入っていこうよ」
 それならもっとタオルを持ってくれば良かった。借りるのは勿体ないと思いつつ、このまま止まっているのも嫌なので、その意見に賛成する。
「久しぶりにそれもいいかもね」
 行きと帰りに同じ道を通りたくない彼にとって、計画の変更なんていつものこと。子供たちも慣れっこになっていて、特に関心はないように見えた。
 さっさと次のインターで降りると、曲がりくねった山道を走る。動き出した車に一番上の息子が嬉しそうに聞いてくる。
「もうすぐ?」
 その問いかけに私は答える。
「あと三十分くらい」
「ふーん」
 子供にとって三十分は結構長いものなのかもしれない。少し時間が経つと流れていく景色のように彼の興味は移っていく。
「アイス食べたい」
 これから行こうとしている温泉は観光施設ではないから、売店はなかったと思う。私は一応旦那に聞くことにした。
「売店、あったっけ?」
「確か自販機があったと思うよ」
「じゃあ、一人一個ね」
 後部座席を振り返りながら言うと、小さな歓声があがった。

 温泉は時間が中途半端なせいか、意外と空いていた。
 買ったばかりの白いタオルを持って、子供たちと女湯に入ろうとすると、手前の男湯に入りかけた旦那が呼び止めてきた。
「男湯は貸切状態だから、子供たちはこっちに入れようか?」
「え? いいの?」
 大変なのは分かっているので、ちょっと遠慮しながら、結局お願いすることにした。
 賑やかな一団が青いのれんの向こう側に消えていくのを確認すると、私は赤いのれんをくぐった。
 女湯は貸切状態とまではいかないけれど、人は少なくてのんびり入ることが出来そうだ。
 小さな露天風呂に向かうとゆっくりと腕を伸ばし、湯気が昇っていくのをぼんやりと見る。
 空は青く、湯気が白い雲に重なっていく。そういえば、こんな風に空を見上げるのも久しぶりかもしれない。空ってこんな色だったっけ?
 時間に追われると見えないものが増えるのかもしれない。
 だけど、時間が待ってくれないのも事実。ふと、時計に目をやると、入ってから四十分は過ぎていた。
 さすがにゆっくりしすぎたかも。ちょっと焦りながら、急いで着替えて、忘れ物がないかロッカーを見て、スリッパを履いた。
 丁度、私の前に出た二人連れが、自販機の前にあるソファを見ながら微笑んでいる。
「かーわいいっ」
 私は何か嫌な予感がして、彼女たちがいなくなってから、こっそりとソファへ近づいた。
「……確かに可愛い」
 他の言葉は見つからないことに苦笑いするしかない。
 ソファには完全に爆睡している子供がいた。古いテレビを見ながら寝てしまったのか、テレビ側に頭を向けて同じ格好をして寝ている。勿論、その父親も同じ格好をしている。
 小さなテーブルにはカップのアイスの残骸が残っていて、相当待ちくたびれたのが手にとるように分かった。
「もう。しょうがないなあ」
 疲れ果てた五月の子供たちを見ていると、温まった身体以上に心も温かくなってきた。
 夕陽が眩しいのか、四人がもぞもぞと腕の位置を変える。それもほとんど同時に。
 私は笑いをおさえてテーブルの上を片付け始めた。その横で無防備な子供が満足そうに伸びをした。

                                            (了)
 
 
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